第55話 第33局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「師匠、将棋カフェって知ってますか?」


 将棋カフェとは、その名の通り、将棋を指すことのできるカフェだ。中学生の時、飲食店で友達とこっそり将棋を指していたら、店員さんに見つかって注意されたことがある。しかし、将棋カフェなら何の問題もない。むしろ、将棋を推奨してくれる。将棋指しにとっては、嬉しい場所だ。


「・・・知ってはいるけど、行ったことは無いね。」


 素っ気なく答える師匠。今日の師匠は少々淡白だった。将棋カフェには興味がなかったのだろうか。


 まあ、無理強いしても仕方ない。ここは話題を終わらせることにしよう。


 僕は、「そうなんですね。」とだけ返し、盤上に集中することにした。


 パチリ、パチリと静かな休憩スペースに駒音が響く。時折吹いてくる風が、師匠の長い黒髪をさらさらと揺らしていく。


「将棋カフェ・・・か。」


 ふいに、師匠がつぶやく。そのつぶやきを、僕は聞き逃さなかった。


「あ、やっぱり師匠も興味あります?将棋カフェ。」


「・・・まあ、うん。どちらかというと、興味はあるかな。」


 そう言いつつも、何故かその態度は素っ気ないように感じてしまう。


「なんか・・・興味はあるけどないみたいな感じですね。」


 思わずそんな言葉が出てしまった。少し不満げな声だったかもしれない。


 師匠はクスっと微笑みながら「そうかもね。」と一言。そして、続けてこう言った。


「私が将棋を指したいと思う場所は、もう決まっているからね。」

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