第54話 第32局 お題「催花雨」
アルファポリス、カクヨムで小説を投稿なさっている天野蒼空さんからお題をいただきました。ありがとうございました。
天野蒼空さん
→アルファポリス https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/422973631
→カクヨム https://kakuyomu.jp/users/soranoiro-777
金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。
窓の外を見る。しとしとと降る雨が、休憩スペースに面した庭の草木を優しく濡らしていた。
「そういえば、昨日、知り合いに、『催花雨』って言葉を教えてもらったんですよ。」
僕がそう言うと、師匠は、ゆっくりと盤上から顔を上げた。
「確か、春に降る雨だったかな。花が咲くのを急かすっていう。」
「あ、知ってたんですね。」
さすが、師匠は物知りだ。将棋を指しながらドイツ語の本を読むだけのことはある。本当は、「こんな言葉知ってるんですよ~」と自慢したい気持ちが少しだけあったのだが・・・むう。
「いい言葉だよね。」
その言葉を最後に、師匠は再び盤上に顔を向けた。その声は、どこか皮肉めいているように思えた。
とても優しい雨の音。駒をパチリと打ち下ろす音。その二つが、静かな休憩スペースでゆっくりと絡み合う。
「うーん。難しい・・・。」
局面は、すでに僕の敗勢だ。だが、何とか一矢報いたい。
僕のぼやきに、師匠はいつものような穏やかな表情で答える。
「急かさないから・・・ゆっくり考えて。」
外の雨と同じくらい、とても優しい声で。
目の前で、一つの局面を必死になって見つめる私の弟子。そんな彼を見ると、自然と笑みがこぼれてしまう。そして、思う。「もっと、ゆっくり考えて」と。
この時間が、ずっと続いてほしい。もっと彼と将棋を指していたい。そんな願いは、多分かなわない。どんなものにも、必ず終わりが来るのだから。
だからこそ、私は彼を急かさない。たとえ、その一手に何十分、何時間とかかろうとも。
私は、急かさず待っている。彼が私と真剣に向き合ってくれる、美しいその一手を。
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