第53話 第31局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「最近よく、高校生に戻りたいと思うことがあってね。」


 開いた本に視線を落としたまま、師匠はそんな言葉を口にした。


 まあ、気持ちは分かる。僕も時々、中学生や小学生に戻りたいと思うことはある。特に、大学受験の勉強をしている時などは、「あの頃に戻れたらどんなに楽か」とつい考えてしまうのだ。


「でも、また大学受験の勉強をしなきゃならないのは辛くないですか?」


 師匠はもう大学生。大学受験の苦しみからは解放されている身だ。今の僕からすれば、羨ましいことこの上ない。


 僕の質問に、師匠はちらりと視線をこちらに向けた。そのまま何も言わず、じっと僕を見つめる。


「・・・えっと・・・。」


 僕の心臓が、バクバクと大きな音をたてている。


 困惑する僕を見て、師匠は、いつものような穏やかな表情を浮かべた。


「まあ確かに、大学受験は辛いけど・・・君、高校生だよね。」


「へ?そうですけど・・・。」


「だからだよ。」


 その言葉を最後に、師匠は僕から視線を外し、また本を読み始めた。


 ???


 僕は、頭に疑問符を浮かべたまま、盤上の駒に手をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る