第52話 第30.5局

 師匠と将棋を指すようになってから、僕は、祖父のことを思い出して涙を流すことはなかった。多分それは、師匠と祖父が似ていたからなのだろう。祖父は、僕と将棋を指すとき、いつも穏やかな表情を浮かべていた。そして、とても楽しそうだった。師匠も同じだ。穏やかな表情を浮かべ、楽しそうに将棋を指してくれる。師匠と初めて将棋を指した時は、思わず祖父のことを思い出して涙を流してしまった。だが、それ以降、そんなことは無い。


 師匠は知らないだろう。僕がどれだけ、師匠に救われているのか。僕がどれだけ、師匠に感謝しているのか。師匠が師匠でいてくれる。それは、祖父との繋がりを求め、将棋に逃げた僕にとって、かけがえのない喜びなのだ。


 ・・・もし仮に、師匠が苦しむようなことがあったのならば、僕は、必ず師匠を助けに行くだろう。たとえ、僕自身が犠牲になったとしても。たとえ、師匠の事情に深入りすることになったとしても。


 僕は、師匠の弟子なのだから。

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