第51話 第30局
金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。
「そういえば、僕たちが初めて会った日、指切りしましたよね。」
僕が師匠と初めて会ったあの日。僕たちは、来週、同じ時間、同じ場所で将棋を指すことを約束した。その時、指切りを勧める師匠を見て、おちゃめな人だなと思ったことを覚えている。
「そんなこともあったね・・・。」
遠い目をして答える師匠。多分、師匠の脳内には、あの時の映像が映し出されているのだろう。
「でも、どうしてあの時指切りを?別に、約束の時に指切りをするのが好きってわけじゃないんですよね。」
僕と師匠は一年ほどの付き合いだ。その中で、約束事も何度かしたことがある。だが、指切りをしたのは、あの時だけ。あの指切りには、一体どんな意味があったのだろうか。
僕の質問に、師匠はうーんと首を傾げた。記憶を思い返しているのか、それとも適当な言葉を探しているのか。一体どちらなのかは分からなかったが、何とか答えようとしてくれていることだけは分かった。
師匠が口を開いたのは、僕が盤上の駒を動かした時だった。
「・・・まあ、気まぐれ・・・かな。」
その言葉に、つい吹き出してしまった。いかにも師匠らしい言葉。そして、僕たちの関係の始まりを象徴する言葉。心の中がじんわりと温かくなっていく。
僕の態度に、師匠は再び首を傾げた。だが、すぐに師匠は盤上に顔を向け、次の手を考え出した。つられて、僕も盤上に集中する。
休憩スペースの柔らかな明かりが、僕たちを照らしていた。あの日と同じように。
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