第45話 第25局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「これ、よかったら食べるかい?」


 そう言って師匠が手渡したのは、一枚の包装されたクッキーだった。クッキーには、でかでかと『鹿児島に行ってきました』の文字。


「・・・え?ま、まさかこれって・・・。」


「鹿児島土産だよ。」


 な、なんですと!


 思わず、驚きの声をあげそうになった口を必死で閉じる僕。だが、驚きの表情を隠すことはできない。きっと、今、僕の目は、大きく見開かれていることだろう。


 確かに、大学生は暇な時間が多いと聞く。その時間を遊びや旅行に使う人も少なくはないとか。高校生の僕にとっては、長期休みでもない時期に旅行に行くというのは、かなりハードルが高い。それ故に、多少の憧れがあった。しかし、まさか師匠が旅行とは・・・。


「えっと・・・、いつ行ったんです?先週の土日ですか?」


「・・・火曜日だね。帰ってきたのは木曜日。」


 平日・・・だと・・・。ますます羨ましい・・・。


 師匠に羨望のまなざしを向ける僕。そんな僕を見て、師匠は「クックック」と声を漏らしながら笑みを浮かべていた。どうして師匠が笑っているのかわからず、首を傾げる。


「君は一体何を勘違いしてるんだい?」


「へ?」


「鹿児島に行ってきたのは、私が所属してる研究室の教授だよ。それは、研究室の学生たちへのお土産。」


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 僕は、自分の赤くなった顔を隠すために、下を向いた。クッキーの包装を開け、かじりつく。甘いはずなのに、全く甘さを感じなかった。


 師匠は、いつものような穏やかな表情で僕を見つめていた。

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