第32話 第18.5局 元妹弟子編⑦
研究棟の中、とある研究室。
部屋の中には長机がいくつか置かれ、そこには大量の本が積みあがっている。周りの棚にも本が所狭しと並べられており、図書館か何かと見紛うほどだった。
「・・・どうして来たの?」
目の前の師匠はかつてないほどに困惑していた。それもそうだ。まさか、自分が普段から使っている研究室に、自分の元妹弟子がやってくるなどとは思ってもみないことだろう。それも、自分の弟子と一緒に。
あの後、妹さんは一人で師匠のもとに行くと言っていた。だが、妹さん一人では、広い研究棟の中、師匠を探すのは困難だと思い、僕も同行したのだ。以前、僕は、師匠がいつも研究棟のどこに居るのかを教えてもらっていた。
もしも周りに師匠以外の人もいれば、場所を移さなければならないと思っていたが、その必要はなさそうだった。
「姉さんに会いたかったから。」
妹さんは、きっぱりとそう言った。おそらく、その目は、先刻僕に向けたような、とてもきれいなものなのだろう。しかし、そんな妹さんを遠ざけるように、師匠は顔をそらした。
「・・・じゃあ、もういいでしょ。帰りなさい。後、私はあなたの姉さんじゃない。」
師匠の声は、とてもとても冷たいものだった。少なくとも、今までに聞いたことが無いほどには。
「姉さ」「帰りなさい!!!」
さらに言葉を続けようとする妹さんを遮り、師匠は大声を張り上げた。びりびりと研究室内の空気が振動するのが分かった。
師匠の大声に気圧されたかのように、妹さんは体を後ろに引いた。その顔には、明らかに怯えが浮かんでいる。おそらく、僕も同じような顔をしていることだろう。師匠のこんな姿を僕は今まで見たことが無かった。そして、見たくもなかった。
しかし、すぐに妹さんは、その一歩を踏み出した。ずんずんと足音を立てながら、妹さんは師匠に近づく。まるで、わざと足音を大きく立てているかのように思えた。
妹さんが師匠のすぐ目の前で足を止める。何事かと、師匠は妹さんの方に顔を向けた。妹さんは、師匠の目の前に、自分のスマートフォンを掲げた。
「姉さん、私頑張るから!頑張って、絶対に四段になるから!!」
僕の方からは、妹さんのスマートフォンに何が表示されているのかは分からない。ただ、妹さんにとって、そこに表示されているものは、とても重要なものであることだけは分かった。
妹さんの様子に、今度は師匠が気圧された様子だった。師匠は何も言わなかった。僕も、何も言わなかった。僕たちの耳には、妹さんの少し荒い息遣いだけが聞こえていた。
しばらくの沈黙の後、妹さんはゆっくりと師匠から離れ、そのまま研究室を出て行った。追いかけようとしたが、彼女に手で制されてしまった。
「ありがとう、弟子君。」
彼女が最後にかけてくれたのは、そんな短い言葉だけだった。
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