第28話 第18.5局 元妹弟子編③

 今が冬でなくてよかった。窓の外から二人の様子を隠れて観察するのに、冬であったならば堪え切れなかっただろう。二人の会話は聞き取ることが出来ないが、何やら楽しそうな雰囲気であることは分かった。


 姉さんはほほえましく青年を見ながら何やら話をしている。青年は、盤上を真剣に見つめつつも、時々ちらりと姉さんの方を見ながら、姉さんの話に返答していた。まるで、昔の姉さんと私の様子を見せられているようだった。


 いろいろな感情が私の中で生まれた。青年に対する嫉妬、どうしてこんな時間にという疑問、将棋から逃げようとしていた姉さんが再び将棋を指しているという驚き。そして、最も大きく、私の中を支配した二つの感情。その二つの感情を抱いたまま、私は、姉さんと青年を眺め続けた。


 やがて、二人は将棋を終え、席を立つ。私がいることに気が付かれないか不安だったが、その心配は杞憂だった。二人は会話をしながら、建物の陰に消えていった。その二人に気が付かれないよう、建物の外側から二人が消えて行った方向へと歩みを進める。やがて、外の自転車置き場で二人の姿を見つけた私は、二人の声が届くであろう場所で物陰に身を隠した。


「じゃあ、師匠、ありがとうございました。また来週に。」


「そうだね。また来週。」


 久しぶりに聞いた姉さんの声に体がピクリと反応する。ただ、それよりも、姉さんが「師匠」と呼ばれていることにクスっとしてしまった。


 姉さんが、青年と別れ、建物の中に入っていく。


 さて、では行こう。


 私は、物陰から出て、青年に声をかける。先ほどから私を支配し続ける二つの感情は、ますます大きくなっていた。


「こんばんは。」


 私は青年に声をかける。感謝と興味を持って。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る