第29話 第18.5局 元妹弟子編④
「元・・・妹・・・ですか?」
「そう。元妹。」
目の前の彼女は、先ほどの苦しそうな表情を隠すようににこりと笑った。
僕はどんな反応をすればいいのか分からなかった。どうして元なのか、どうしてこんな時間にこんな場所にいるのか、どうして僕に声をかけてきたのか。聞きたいことは多かったし、師匠が僕に話したことのない何かを知りたいという気持ちも大きかった。だが、自分の中にある何かが、必死に抵抗していた。
「えっと・・・初めまして。・・・元・・・妹さん。師匠には・・・いつもお世話になってます。」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。そのまま何も言わない僕。聞きたいこと、知りたいことがあるにもかかわらず。沈黙の時間。
その沈黙を破ったのは、彼女だった。
「君って・・・」
その声に応じるように、頭を上げる。彼女の顔が目に入る。彼女は少し驚いた表情を浮かべていた。
「『どうして元なの?』とか聞いたりしないのね。」
自分の中にある何か。先ほどから、必死に抵抗を続けている何か。その正体は、はっきりとしているわけではない。ただ、ふっと僕の頭に浮かんだのは、師匠の姿だった。
「まあ・・・あまり他人の事情に深入りするのは好きじゃない・・・ので。」
それは、昔、師匠と初めて会った時に、師匠が言っていた言葉だった。あの時、師匠が僕の事情に深入りしていれば、僕は反発を覚え、師匠を師匠とすることは無かったのではないだろうか。そして、師匠に倣って、僕自身も、師匠の事情に深入りすることはなかった。これまで師匠と一緒に将棋を指すことが出来たのも、お互いがお互いの事情に深入りすることが無かったことが大きな要因だといえる。
何か暗い事情のありそうな彼女。その彼女に対して、ぶしつけな深入りをすることは、師匠の弟子として、やってはいけない行為であると思った。
「・・・君、姉さんに似てるね。」
僕の答えに、彼女は先ほどよりも驚いていたようだった。そして、すぐに笑みを浮かべる。先ほどから、彼女の表情はころころと変わる。異様な状況ではあったが、何だか彼女に微笑ましさを覚えてしまった。
「・・・・・・さて、私は姉さんに会いに来たんだけど・・・・・・いや、予定変更。君、明日は暇?」
そう言って、スマートフォンを鞄から取り出す彼女。僕の頭に、はてなマークが大量に浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます