第17話 第12.5局

 大学の研究室。いつもは何人か同じ研究室のメンバーがPCをたたいたり、談笑したりしているが、さすがに深夜1時半ともなると、自分以外に誰もいなかった。そんな静かな研究室で、私は一人、PCを開いていた。


 検索エンジンを起動させ、言葉を打ち込む。


『三段リーグ』


 結果を見て、ふうっと肩を落とす。毎度のことながら、結果を見るのは緊張してしまう。緊張する必要などないはずなのに。


 その時、急にスマートフォンが震えた。ラインのメッセージが届いたのだ。見ると、見知った名前、そして、短い文章が表示されていた。


『姉さん、勝ちました。』


 返信の文章を考え、ラインを開く。自分の手が少々震えているのが分かった。


『私はもう、あなたの姉さんじゃないよ。』


 文章を送信し、スマートフォンの電源を切った。返信が来ることは無いと思うが、念のためだ。


 あの子は、今でも私を慕ってくれている。突き放しても、対局の度に結果を知らせてくるのだから、完全には突き放せていないのだろう。いや、私自身、完全に突き放そうとしていないのかもしれない。昔、私が逃げた場所で、懸命に戦うあの子のことを。


 PCを閉じ、スマートフォンをポケットにいれ、席を立つ。研究室を出て、いつもの休憩スペースに向かう。外に出ると、熱気が肌を打った。それを煩わしく思いながら歩いていると、自転車置き場のライトが私を認識して点灯した。自転車置き場を横目に、休憩スペースのある棟の中へと入る。私が歩くたびに、ライトが点灯し、棟内が明るく光る。


 休憩スペースに着き、いつもの席に腰を下ろす。それだけで、心を落ち着けることが出来た。


 スマートフォンの電源を入れる。あの子からのメッセージは届いていなかった。しかし、別の人物からのメッセージが届いていた。


『師匠、今日はありがとうございました。来週もお願いします。』


 ・・・どうしてこの子は、こんな時にメッセージを送ってくるのか。もしかしたら、どこからか私を監視しているのではないだろうか。


 自分の顔がほころぶのが分かる。ラインを開き、返信する。


『早く寝なさい。』


 彼は、一体どんな反応をするのだろうか。弟子の反応を想像しながら、私は席を立った。

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