第16話 第12局

 金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。


「将棋がテーマの小説って少ないですよね。」


 本を読みながら将棋を指す師匠に向けて、僕は、ふと思ったことを口にした。


 将棋小説というのは、ジャンルとしてはかなりレアだ。思うに、将棋のルールを知らない人には読んでもらいにくいというのが原因としてあるのではないだろうか。


「確かに少ないね。まあ、探せばいくらでもあるとは思うけれど・・・。」


 そう言って、師匠はぱたんと読んでいた本を閉じる。そして、ゆっくりと天井を見上げ、しばし逡巡したかと思うと、急にふっと笑みを浮かべた。


「どうかしましたか?」


 首を傾げながら師匠に問いかける。


 師匠はすっと立ち上がり、僕の方に向き直った。軽い笑みを浮かべたその表情を、休憩スペースの明かりが煌々と照らす。


「・・・もし私たちをテーマにした小説があったら、まともな将棋小説じゃないかもね。」


 師匠が何を言いたいのか、今の僕にはよく分からなかった。けれど、何故だろうか。その言葉には、不思議な説得力があるように思えた。

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