第6話 映り込む
クォン・ウォンジュンはモデル業の傍ら、事務所の指示で動画サイトに個人チャンネルを開設している。内容はメイクやスキンケアの方法と仕事の告知が主だが、時にはモッパンや不格好だがダンスにも挑戦する。1度ずつ出した夜と朝のルーティーン動画は『部屋に物が無さすぎる』と話題になった。
ウォンジュンが動画を撮影する時はほぼ1人だ。企業や別のチャンネル開設者とのコラボではスタッフがつくが、家での撮影は1人で行う。その間、同居人である首藤盛重は大抵仕事に出ているが、非番日はカメラの背後で撮影の様子を見守っている。
ある非番日も、ウォンジュンが女装メイクに挑戦しているのをカメラの背後で見ながら、盛重はスゲえなぁと感心した。
いくら仕事で慣れているとはいえ、起動したカメラを前にして軽快に喋るなんて自分には絶対にできないだろう。例え台本があったとしても、顔を晒しているという事実だけで動けなくなりそうだ。大きく色の濃い痣のあるこの顔を。
化粧の過程を1つ終わらせる度ウォンジュンが可憐な少女の像を帯びていくその向かいで、盛重は自身の容姿に対し抱えていた劣等感を再び募らせる。
そこへ、突如ウォンジュンの目がカメラから盛重へと向けられた。
「モリシゲ、綿棒取ってほしい。お前の後ろにある」
突如名前を呼ばれた盛重は思わず「あ、ハイ」と応え、背後にある綿棒を円形のケースごと取りカメラの向こうに座っているウォンジュンへ渡そうと手を伸ばし、それから固まった。
カメラの向こうまで伸ばされたのは赤黒い右手。カメラに映り、世界中の人の目に止まる。そして哀れみやら侮蔑やらのコメントが並び、ウォンジュンのチャンネルが荒らされる。こうなったら俺のせいだろう。
嫌な未来が目に浮かび顔が強張る盛重に対し、ウォンジュンは何食わぬ顔で「アリガト」と言って綿棒を受け取り、失敗したらしいアイライナーを落とし始めた。
それからウォンジュンはアイライナーを塗り直し、メイクの続きへと入っていった。その向かいで、盛重はひたすら口を両手で覆ったり頭を掻きむしったりしていた。
「モリシゲ、手は映ってないよ」
塞ぎ込む盛重を見かねたウォンジュンが動画を見返して言った。
動画の撮影を終えたすぐ後である為、ウォンジュンのメイクはそのままで且つアッシュブルーのロングウィッグとオフショルダーのブラウスという女性に寄せた格好になっているが、美しく仕上がっており全く滑稽ではない。そもそも今の盛重にとって笑える状況ですら無い。
「映ってたとしても俺は構わないし、モリシゲが嫌だと思ったらその部分だけカットすれば良い。編集は事務所の仕事だけど、頼めばまあやってくれるでしょ」
「…家に他人がいるの自体ヤバくない?事務所の人怒るんじゃない?」
「もうマネージャーを通して言ってあるよ、友達と住んでるって。だから大丈夫」
無難な表現を選んだんだろうが、それでも道端で拾った男を"友達"と呼んで良いものか。編集してもらえることに胸を撫で下ろしつつも、呼称に対し首を捻る盛重の右手が突如掴まれ、ウォンジュンの頬に当てられた。
「俺としては友達より進んだ関係として紹介しても良いんだけど。モリシゲはどうよ?」
赤黒い右手を頬に当てたまま、上目遣い気味にウォンジュンが問う。その様はもはや少女そのもの。盛重は下腹の底から沸き上がるものを抑えながら「任せる」と答えた。
その夜、盛重は「気になる時のおまじない」といってウォンジュンから痣が目立たなくなるメイクを施された。赤黒かった痣は完全に消えることこそ無いものの、パッと見ではわからない程には薄まった。
盛重は毎日このメイクを施そうかと思ったが、メイク道具の値段がそこそこ高く、また仕事で汗をかいたら落ちてしまうことに気づいてしまった為、休日に人の多い所へ買い物に行く時だけ施すことにした。
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