第5話 散髪

朝、鏡に映る自分のダラリと肩まで伸びた髪と、目にかかった前髪を目にして気を落とす。クォン・ウォンジュンの家に転がり込んで約半年、首藤盛重は伸びに伸びた髪をどうすることもできず悶々としていた。


最後に盛重が床屋へ行ったのは高校3年生の初め。就職活動の為、後ろでまとめられる程長かった髪をバッサリ切った。しかし正社員としてどこぞの企業に採用されることは無く、高校卒業後に焼肉屋のアルバイトを始めた頃には元通りになっていた。

その後、刑務所で丸刈りにされてからは床屋に行く余裕も無かったので自然の赴くままに伸ばしていたが、ウォンジュンと暮らすうちに身嗜みに対するプレッシャーを感じ始め「せめて髪はどうにかせねば」と思うようになった。

しかし、いざ床屋へ行こうと思うとどこに行ったら良いかわからない。近所に美容室はあるものの敷居が高く、何なら「すごい痣の奴が来た」と裏で3年ぐらい囁かれそうな気がして怖い。


そういうわけで1人で煩悶していた盛重だが、ある日の夕飯時にウォンジュンが放った一言が元で髪を切らざるをえなくなってしまった。


「モリシゲ、山から保護された野生児みたいになったね」


どこからどう聞いても罵倒の言葉であるが、ウォンジュンとしては真っ先に思ったことを口にしたに過ぎないんだろう。彼の瞳には曇り1つ無い。

野生児を脱却しなければ。腹を決めた盛重はウォンジュンに対し床屋選びができない悩みを打ち明けた。ウォンジュンに相談すると口数の多すぎる小洒落た従業員だらけの美容室を紹介されそうだと思ったが、意外にもウォンジュンは『理髪店』と呼ばれる類の店を探し始めた。理由は「無骨なイメージだから」。


「モリシゲは性格はともかく顔つきが硬派そうだから。宮下○きら風というか」


「俺その人知らないんだけど」


「とにかくモリシゲは床屋さんだね。実際ニガテでしょ?親しくもない奴がペチャクチャ喋るの」


普段から沢山の人と接してる奴は察しが良い。図星をつかれて口をへの字に曲げる盛重をよそに、ウォンジュンはスマホをタンタンと操る。そして「あーコレだ」と突き出してきた画面に表示されたものを見て、盛重は「すげ」と目を見開いた。

『理髪店』と言われ盛重は薬剤や器具、販売品が所狭しと置かれ白壁には昭和感漂うポスターが張り巡らされた昔懐かしい内装を想像していたが(それでも良かったが)、ウォンジュンが勧めてきたのは白壁とくすんだような色のフローリングの室内にビンテージ風の什器が設えられ、壁に20世紀のアメリカを思わせるレトロポスターが貼られたアメカジ風の店だった。


「ハードボイルド系の男性誌作ってる出版社の人が勧めてきた所だよ。モリシゲの宮下○きら風な顔立ちにはピッタリだと思う」


「ねえ本当にその人誰なん」


結局盛重は"宮下○きら"なる人物が何者であるか知ることができなかったが、ウォンジュンの紹介した理髪店を訪れることは確定した。






3日後、郵便局の非番日に盛重は理髪店を訪れた。お喋りな人の店だったらどうするかと不安だったが、店長は職人気質の無口な男で、スタッフの青年も喋りこそすれど話題は髪型のことか街で開催されるイベントのことなど客のプライバシーに踏み込まない話題ばかりで、盛重は心地好く施術を受けることができた。

こうして野生児のような髪型から見事なアップバングへと変貌した盛重は、帰宅するなりウォンジュンの褒め殺しを喰らった。


「モリシゲ〜髪をスッキリさせるだけでどうしてそんなにカッコよくなるの〜?」


「か、カッコいい…?似合わないとかそういうの無い?」


「似合いまくり〜!やっぱり高橋○ロシ風味な顔立ちのモリシゲには無骨な髪型が似合うね〜!」


「あっその人なら知ってる」


髪はスッキリしたが"宮下○きら"が誰なのかわからない盛重であった。






翌朝、盛重のアップバングは崩れてしまったが、代わりに品の良いショートマッシュが出来上がり、盛重は理容師という職業の技術力に感動したのだった。

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