SSSウサギとカメ その後

石黒陣也

ウサギとカメ その後


 競争の途中で怠けて昼寝をしてしまい、カメに負けてしまったウサギ。

 その後の両者は、どうなったのだろうか?


 カメは知っていました。わかっていました。

 あの勝負が『運』であったことを。

 もしウサギが怠けずに昼寝をしなかったとしたら、自分が敵うはずが無かったことを。

 だが勝負は残酷であり、油断してウサギは負けてしまい。

 カメは勝てないものだと知りつつも、勝ってしまったのです。


 正確には、カメは負けると信じていたのではなく、また勝ちたいと思っていたのでもなく、

 ウサギに馬鹿にされた一時的な気持ち……『負けたくない』という意地で競走を始めたのでした。

 しかし結果はウサギの油断で、不本意な形となって勝負が決まってしました。

 カメは決して勝ちたかったのではなく、ウサギに負けたくなかった、というだけだったのです。

「本気でやっていればオイラが勝ったんだ! オイラが勝てたんだ!」

 ウサギの言葉。

 森の仲間は、油断して怠けたからそうなったんだと、ウサギの言葉を聞きません。

 でも、その声を誰よりも心苦しく思っていたのは、ほかの誰でもない勝者であるカメでした。

 カメはあくまで、ウサギに勝って一泡吹かせてやりたいとか、馬鹿にされたウサギにやり返しをしたかったわけではなく、

 ただ単に『負けたくなかった』だけなのです。


 ――その後のウサギとカメは、一体どう過ごしたのでしょうか?


 ウサギはとても嫌な気持ちでいっぱいでした。

 なにせ、足が遅いと馬鹿にしたカメに負け、さらには自慢だった足の速さも「でもカメに負けたんでしょ?」と誰にもそうやって、言い返されてしまうほどになってしまったのだから……。

 カメに負けてからというもの、ウサギはまるで、自分の居場所を追い出されたような気分でいました。

 自分の唯一の自慢であり、特技である足の速さ……それが誰にも見てもらえなくなってしまい、カメとの競争以来ウサギはふてくされて、さらに怠けるようになってしまいました。

 それがよりいっそう、周囲から「あいつはもうダメなウサギだな」とささやかれるようにさえなっています。


 カメはどうしたのかというと、

 今までどおりの日常を過ごしていました。

 競争でウサギに勝った後、森の仲間たちに数日ばかり褒められ続けましたが、それも十分におさまり、

 いつもの川辺で小魚などを獲っては森の仲間たちの下へ、食べてもらうために配達する日々を送っていました。

 今日も小魚の入ったカゴを、背中のこうらに載せて、えっちらおっちらと相変わらずの足の遅さで、山道を登っていきます。

 別段、ウサギに勝ったといっても、カメの足がウサギよりも早くなったわけではありません。

 カメの足の速さは、あの時とまったく変わっていませんでした。

 さらには勝った原因が、あのような理由ですから――

 今日も朝早くから起きて小魚を獲り、カゴに入れて山道を登って、時刻はもうお昼になるところでした。

 まもなく森の仲間たちがお昼ご飯を食べる頃なのに、カメはまだみんなの所へ到着できずにいます。

 そんな、いつもと変わらないこの日――

「毎日毎日、大変だな。カメさんよ」

 競争をした日から、カメは久しぶりにウサギと会いました。

「一匹もらうぜ」

 ウサギはカメの「どうぞ」という声よりも早く、身軽な動きで、カメの背中のカゴから小魚を手に取り、口の中へ放り込みます。

「もうすぐお昼だぞ」

 ウサギの言葉にカメはうなずき、また山道を歩き出しました。

 友達をなくしてしまったウサギは、ゆっくり歩くカメの後ろをついていきます。

「お前さんはやっぱり足が遅いなあ」

 馬鹿にしてくるウサギが、カメの足の速さにあわせててくてくと歩いて、そう言ってきました。

「みんながご飯を食べ終わらせてしまうぞ」

 知っています。なぜなら、毎日朝早く起きて、小魚を獲って運んで、到着することはもうみんながおやつを食べ終わった頃なのです。

「まったく、カメさんの足の遅さには、本当に参ってしまうよ」

 するとあろうことかウサギは、カメが背中に載せていた、小魚の入ったカゴを持ち上げ、

「オイラが変わりに運んでやるよ」

 ウサギは小魚の入ったかごを自分で背負い、ついでにカメも持ち上げて、山道をお得意の足の速さで一気に駆け上っていきました。


 そのできごとが、意外なことになります。


 今まで怠け者で、足の速さの自慢ばかりしかしなかったウサギが、森の仲間たちの前に、小魚の入ったカゴとカメをつれて現れたのですから、森の仲間たちは驚きました。

 それからというものウサギは、自分よりもずっと足の遅いカメを手助けするようになったのです。


 本当は、ウサギはもう一度カメの前で、自分の足の速さを見せ付けてやりたかったのです。

 まじめにやれば勝つことができたのに油断して、昼寝をしてしまった、だからこそよりいっそう悔しかったのです。

 そして、自分の足の速さを誰にも見てもらえなくなってしまい、周りから今まで以上に怠け者として見られるようになったことが、さらにもっともっと悔しかったのです。

 ですが、そうしてもう一度カメに自分の足の速さを見せたことで、ふたたび森の仲間たちに認められ、

 いつしか、自分よりも足の遅いカメを手助けすることが、とても嬉しく楽しくなってきていました。

 今はもう、自分の足の速さを自慢してまわることもなく、ウサギはカメの手助けをしてあげることで、一生懸命になっています。


 しかしカメはそのことで、競争のできごとよりも、もっと落ち込んでしまいました。

 やっぱり僕は、どうしても足が遅いのだと。

 自分の足の遅さに、ウサギが手助けをしてくれることは、自分にとっても、森の仲間たちにとってもありがたく、ウサギがまじめに働くようになったのも嬉しいのだが、

 このことで、カメはよりいっそう『自分は足が遅くて、本当にダメなカメなんだ』と思い知ってしまうのでした。


「今日はオイラが変わりに、小魚を獲ってやるよ」

「ウサギさん、僕は大丈夫だから……」

「いいっていいって、お前さんはそこで見ていてくれよ」

 ウサギはカメの代わりに川の中へもぐっていきます。


 ウサギが川の中で小魚を見つけ、獲りに行こうとすると――

 ウサギは動けなくなってしまいました。

 動物としての毛皮が、水を吸ってしまい、体が重くなってしまったのです。

 あっという間にウサギは、川の中でおぼれてしまい、流されてしまいました。

「ウサギさん!」

 カメは川に流されていくウサギを追って、川の中へ入っていきます。

 

 カメは、陸の上では足が遅くても、実は泳ぐのがとても得意だったのでした。

 あっという間に、おぼれてしまったウサギのもとへ泳ぐと、そのままカメはウサギを岸へ運んで助け出します。


「ウサギさんや、ようやく僕はわかったよ」

 川から出ることができて、ほっと息をついたウサギの横で、カメが良かったとばかりに笑顔を見せています。

「僕は確かに、足が遅くてウサギさんにはとても敵わない。だけれども、僕は川を泳いで小魚を獲ったり、ウサギさんがおぼれているのを助けたりもできたんだ。ウサギさんに敵わないものがあっても、僕はウサギさんにできないことができるんだ」

 カメは嬉しかったのです。自分は足が遅くても、ダメなカメなんかではなかったと。

 自分よりも足の速いウサギさんを助けることができた。

 カメはとても嬉しい気持ちでいっぱいなのです。

「これからも、僕が獲った魚と、僕を連れて、森のみんなのところへ運んでおくれ。そしてこれからも、すっと友達でいておくれ」


 それからウサギとカメは、その通りにカメが小魚を獲り、ウサギが小魚と一緒にカメを運び、森の仲間たちの中で、一番の仲良しになりました。

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