SSS仙人探し

石黒陣也

仙人探し

「お前が仙人か!」


 男が老人に向かって叫んだ。

 この男、たいそう負けず嫌いであり、

 仙人がいると噂されるこの山に、必ず仙人を探し出して見せてやると、酒の酔いに任せて友人に言い切ってしまい、現在に至る。


「いいえ、ちがいます」


 叫ぶ男に対し、老人は静かに否定の言葉を返す。


「じゃあなぜ、こんな山奥の中でそんな薄着の着物を着て、さらにこんな大岩の上で座り込んでいる!」

「これは修行でございます」

「やはりこの山に住む仙人か!」


 ざざ……ざざ……周囲の木々が、男の叫び声に驚くようにざわめく。


「いいえ、私は確かにここに住んでおりますが、仙人ではございません」

 老人の声は静かな小声のようだが、まるで風に乗ってやってくるかのように、やや離れた場所にいる男の耳に入ってくる。


「なら、お前は仙人の弟子か何かなのか?」

「いいえ、私は仙人の弟子でもございません。それに、私は生まれた頃よりここに住んでおりますが、仙人などという人間は、今まで見たことがございません」


 否定の言葉ばかりの老人。


 しかし男は、この老人の言葉を信じることができなかった。


 なぜならこの通り、老人は汚れた白い着物姿に、大岩の上で今も座している。

 この老人は丁寧な口調をするが、その風体はとても怪しいのだ。

 それに男は頭が熱くなっており、どうしてもこの老人が仙人ではないとは、思えないでいた。


 男は老人の言葉を必死に疑い、考えに考えて……気がついた。


「ははん、なるほどなるほど。確かに『仙人だなんて名前の人間』は普通はいない。お前は仙人という名が、人間の名前だという嫌な解釈をして、違うといっているのだな」


「いいえ、そのような意地悪なことは申しておりません」


 男の言葉を否定し続ける老人。

 しかし、男はかまわず続ける。


「そして、仙人を見たことがないと言ったが、おまえ自身が仙人であるため……自分が仙人だから、ほかの仙人を見たことがないと、そう言っているんだろう!」


 山林の中で男の大声が、山間を引き裂かんばかりに木霊する。

 男のまくし立てに、大岩の上で座したままの老人は、

 まるで元から景色の一部であるかのように、枝葉のこすれあう音よりも静かに、落ち着いた面持ちで聞いていた。


 しかし、老人は男の大声木霊が消えた頃。

 ほんの小さく、とても小さくため息をついた。

 老人のわずかな息づかいさえも、風に乗って男の耳に届く。


「どうやら白状する気になったようだな」


 男のしてやったりの顔。困った顔をした老人を、満足そうに見やる。


 すると老人が――どろん!


 老人の姿が煙に巻かれ、一瞬のうちに大きな熊の姿へと変わった。

 やはり仙人だったじゃないか――という言葉は、男から出ることはなかった。

 なぜなら、老人が姿を変えた熊は大きく大きく、

 見上げただけで、後ろへ倒れてしまいそうなほどの、大熊だったからだ。


「あなたはひとつ、思い違いをしております」


 あまりの巨大さに、圧倒されそうで言葉も出ない男へ、大熊が老人の声で静かに言う。


「仙術が、必ずしも人間にしか宿らないものだとは思わないことです。私はこの熊の姿が本当の姿であり、人間に化けていただけでございます……人間ではありません」


 のし、のし……と男へ近づいていく大熊。やや不機嫌な様相にも見え、

 男は身動き一つできず、迫ってくる大熊が寄って来るのを待つ事しかできなかった。


「人間に化けて修行をしていたのですが、このようなことで集中を乱してしまい、自身の未熟さを知りました。ありがとうございます」


 人間に化けていた大熊が、ぺこりとお辞儀をしたついでに、四つ足になる。


「仙術を身につけた人間を『仙人』と呼ぶなら、きっと私は仙術を身につけた熊……『仙熊』と呼ぶのでしょう」


 そして最後に大熊は、

「これから冬眠の準備がありますゆえ、これで失礼します。『仙人』探し、お体にご無理をなさる前に見つかるよう、願っております」


 男へそう告げた後、大熊は、

 のし……のし、と男の横を通り過ぎ、川へ向かって姿を消す。

 残った男は――


「熊じゃ……しかたないか」


 そう呟くしかなく、

 ひそひそ笑いのような、枝葉のこすれ合うざわめきが聞こえてきた。 

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SSS仙人探し 石黒陣也 @SakaneTaiga

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