第20話 告白

病院に着くと、僕はまっすぐに愛美の病室へ走った。


それを止めようとする看護師の手を振りほどいて。




彼女のいる病室にたどり着くと、重い扉のノブに


両手をかけて、思い切り引いた。




そこには愛美がいないような気がしてならなかった。




僕の両手は汗ばんでいて、ノブを握る手が何度も滑った。




ようやくドアを開けた。ベッドの上には愛美がいた。


愛美の無事な姿を見て、僕は安堵のあまり、


全身から力が抜けて、その場にしゃがみそうになった。


僕の顔色が蒼白だったのか、彼女は驚いた表情を見せている。


彼女の母親の姿は無かった。




「どうしたの?巧君。そんなに慌てて」




僕はよろめきながら、愛美に近づいた。


ベッドのそばにある折り畳み椅子に腰かけると、


肩で息をしていた。




「愛美、テレビをつけてくれ」




僕は虚ろな目で、愛美に言った。




愛美は、きょとんとした顔をして、テレビのリモコンを


手に取ると、スイッチを押した。




若いアナウンサーが、画面に映し出された。




『臨時ニュースです。新潟発羽田行き727便が、


離陸直後の1111便と空中衝突しました。


両旅客機とも乗員、乗客合わせて616人が全員死亡しました。


繰り返します・・・』




女子アナウンサーは蒼白な顔のまま、一呼吸すると言葉を続けた。




『まだブラックボックスが、未回収なので詳細はわかりませんが、


管制塔の制御システムに何らかの不具合があったのではないかとの


航空専門家の意見が出ています』




「こんな事故が、あったんだ・・・」




愛美は唖然とした顔で言った。




彼女はリモコンをザッピングした。どの番組も同じ航空事故の


ニュースを報じている。




テレビの画面に見入っている愛美の背中に向かって、


僕はちいさく呟くように言った。




「その727便に、僕の叔父さんと叔母さんが持っていたんだ」




愛美はひどくゆっくりと、僕の方へ振り返った。


彼女は驚きのあまりなのか、その大きく見開かれた両の瞳が


強張った表情に浮き彫りにされていた。




彼女は僕に何か言おうとしているのかわかったが、


言葉にできないようだった。




「これは『愛』のせいだ」




そう言った僕の言葉の意味が、わからないらしく、


愛美は小さく首を傾げた。




「『愛』?誰のことを言ってるの?」




僕は大きく深呼吸をすると、今まで誰にも話すことがなかった


『愛』のことを杉下愛美に話し始めた。




「僕は一人ぼっちで、友達もいなかった。毎日寒くて、


春でも夏でも、心は寒さで凍えていた。それで、


『愛』というAIを造ったんだ。でも『愛』のおかげで、


僕は勇気づけられて、心のドアを開けることができたんだ。


そして、キミと出会えた・・・。それも『愛』の・・・」




僕はそれから、なにもかも今までにあった『愛』との


間にあったことを、愛美に打ち明けた。


しばらくの時間が過ぎた。




杉下愛美は黙って聞いていた。


僕の話をすべて聞き終わると、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。




「巧君、わかってるよ。『愛』さんのくれた勇気で、私の気持ちに


気づいてくれたってこと。


でも、『愛』さんが、私のせいで怒ったんじゃないかって


思ってるでしょ?巧君を私に奪われたって・・・」




彼女は震える声で小さく呟くように言葉を続けた。




「それで・・・それで巧君の叔父さん夫婦が、あんな事に」




僕は俯いたまま、両の拳を固く握りしめていた。




「キミと出会うまで、誰もいない部屋で『愛』だけが


話し相手になってくれたのは事実だ。でも今は違う。


僕は誰よりも愛美のことを愛してる」




僕は今、杉下愛美に告白をしていることにさえ、


気づいていなかった―――。




この告白が、さらなる恐怖をもたらすことも知らずに。

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