第18話 轟音

二日後、僕は空港にいた。


縦3メートル、幅6メートルの大きな窓からは、


十数機もの、大小さまざまの旅客機が並んでいた。


窓外を見上げると、雲一つない青空だった。




僕は腕時計をみやった。午後2時20分。


そろそろ叔父さん夫婦の乗った便が到着するころだ。




大きく開かれた窓外に視線を向けると、1機の


旅客機が離陸するのが見えた。




僕は向き直り、人でごったがえしている中を縫うようにして、


到着ロビーに向かう。




その時だった。耳をつんざくような、凄まじい轟音が聞こえたのは。






その爆音と共に、地響きがした。空港を見渡せる窓ガラスが、


破裂するように内側に砕け散った。


その破片が、その場にいる人々に降りかかる。




空港ロビーにいる人々が―――客だけじゃなく、


受付の従業員までも、咄嗟にしゃがみこんでいた。


僕も、反射的にその場に伏せた。




衝撃波だ―――。何かが爆発した圧力が、


音速を超えたのだ。その力でガラスが砕けたんだ。




耳が一時的に麻痺している僕にも、


あちらこちらで人々の悲鳴が、上がっているのがわかった。


耳栓をされていながら、そばで大音量の音を


聞かされているような感覚。


女性や子供、それに男性のものも、それに混じっていた。


すでに空港ロビーは、パニック状態だった。




僕は何が起こったのか、わからなかった。


でも、不思議なことに僕は冷静でいられた。


床に散らばるガラスの破片を見下ろした。


ガラスは豆粒のようなサイズで、ほとんど鋭さを


感じさせなかった。


それは、割れた自動車のフロントガラスようなもので、怪我を


最小限にするため、安全性を考えて造られたものだろう。


僕は、そんなことを考えている自分に少し驚いていた。


思考が麻痺し、パニックを超えていたからかもしれない。


今、経験している現実を信じようとはしなかったからこそ、


冷静でいられたのかもしれない。




僕は顔を上げると、窓外に視線を向けた。その視界に入ったのは、


上空数百メートルの青空に、真っ赤な炎が見えた。巨大な炎の塊だった。


そこから幾つもの破片が、黒煙をたなびかせて落ちている。




『航空機事故が、発生しました。空港内ロビーにいらっしゃるお客様は、


警備員の指示に従って、避難します。繰り返します・・・』




空港内では、日本語、英語、フランス語、スペイン語で、


パニック状態の人々に向けて、落ち着くようにアナウンスをしている。


そのアナウンスしている女性の声もまた、小刻みに震えていた。




20人以上の警備員が、人々を避難通路へ誘導し始めた。


我先にとその方向へ駆け出す人波。カーゴバッグを置き去りに


走り出す者、それをその場に捨て置いて逃げ出す者、そして


つまづき転ぶ子供や老人たち。




「航空機事故?」




僕は、そうつぶやきながらゆっくりと立ち上がった。


逃げ惑う人たちが、僕の肩や足にぶつかり、中には


転ぶ人もいた。




視線はまだ、窓外の空から離れなかった。


真っ赤な炎の塊は、今、黒くけぶる雲のようになっていて、


風の向きを示すように、南の方へと流れていた。




爆発から、どれくらいの時間が経ったのか、わからなかった。


感覚が鈍っていて、数分にも数時間にも感じられた。




僕は、混乱の中逃げ惑っている人々とは逆方向に、


歩いていた。砕け散った窓の方へと。




僕は自分の両肩から、ガラスの破片がこぼれ落ちるのにも


気づかず、そこへ歩いて行った。




大きく口を開けた窓からは、そよ風が僕の顔を撫でた。


轟音と衝撃波が、あったことなど現実には無かったかのように。




空港内で、日本語をはじめとする3か国語で、再び


アナウンスされた。




『お客様方にお知らせします。新潟空港発727便と、離陸直後の1111便が、


衝突した模様です。繰り返します。新潟空港・・・』




727便―――それは叔父さん夫婦が乗っていた旅客機だった。

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