第4話 怒った『愛』

「よう、藤原。何見てんだ?ゲームだろそれ」




その日の講義を終えて、学食でコーヒーでも


飲んでから帰ろうとしてた時だった。


僕はテーブルに両肘をついて、『愛』を


ディスプレイに出して、彼女との会話を楽しんでいた。




僕に話しかけてきたのは、山倉という


同じ学部で同期生の男だった。


後ろに彼の友人、3人がいる。




「グラスVRを使わねえのか?今どき


ディスプレイゲームやってる奴って


珍しいぜ」




グラスVRとは、一見眼鏡と見間違えるような、


軽量の仮想現実映像を見せてくれるアイテムだ。


昔は、ゴーグルのような大きなサイズだったらしい。


僕も持ってはいるけど、『愛』は最初から立体映像にしてあるから、


そんなものは必要なかった。




山倉たちは、経営工学部の学生ながら、


プログラミングにあまり興味がないように、


僕には見えた。よく学食で鉢合わせをするが、


聞き耳を立てると、女の子の話や最新のゲームの話


ばかりしている。


イジメというほどではないが、彼らは僕の姿を見ると


よくからかってくる。僕にはそれが不愉快でたまらない。




山倉は僕が見ているディスプレイを覗き込んできた。


僕は急いで、ディスプレイを閉じようとしたが、間に合わなかった。




「なんだこれ?どこかの女とトークチャットでもしてんのか?」




トークチャットとは、SNSとWhatsAppやSkypeなどの


チャットアプリが組み合わさったツールで、


リアルタイムで相手の映像をディスプレイに映し出して、話せるものだ。


最も20年近く前のアプリで、便利だから今でも使っている人は多い。




「へえ、どこの女だ?けっこうかわいいじゃねえか」




それを聞いて、『愛』は露骨に嫌悪する表情を見せた。




「なんだよ。愛想がねえな」




山倉は口を尖らす。




僕は急いで、ディスプレイを閉じた。




「けっ、なんだよ。ケチくせえな。でも、


いつも闇を発散しているお前と話すんだから、変わり者だろ。


その女。それともお前、からかわれてるんじゃね?


そんないい女が、お前とマジになるわけないもんな」




山倉たちは、ケラケラと笑った。




いつもは穏健な(自分ではそう思っている)僕も


腹が立ってきた。


僕のことはともかく、『愛』のことを変わり者って言ったからだ。




僕の表情はその時、形相といえるようなものになっていたみたいだ、


自分ではわからないけど、こんなに腹がったったのは久しぶりだ。




「おーおー、こえー。ダセえのからかうと、


すげー顔するんだな」




山倉たちは、言葉とは裏腹に、さらに囃し立てるような


学食中に聞こえる声で去って行った。




彼らの後姿が小さくなっていくと、僕は再び『愛』の


ディスプレイを表示した。




『何よ。あいつら、いい気になって』




僕は驚いた。『愛』が怒りの感情をあらわにしている。


これも学習能力のおかげだろうと、僕は思った。




『巧君のことバカにして。それに私のこと変わり者だって』




『愛』は眉を吊り上げている。




「まあまあ、そんなに怒らないで。あんなの


いつものことだから」




僕は取りなすように言った。


その時、一瞬だけ見た―――見たような気がした。




『愛』の瞳が、一瞬赤く光ったのを・・・。

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