生還への道筋

 治療が済むと、女はおれを奥の部屋へと連れて行った。

 少しふらついたが、何とか歩ける。もう痛みもなかった。


 奥の部屋には、直径2mほどの円形の台が設置されていた。中央にはモニターがあり、その周囲にキーボードが備え付けられている。どうやら、ここの電源はまだ生きているようだった。


 女(――胸元のプレートにはDr. Takagiとあった。恐らく、高木だろう――)がキーボードに指を走らせると、モニターに何かが映し出される。


「見て、ここが今いる場所よ」


 四方を水に囲まれた緑の大地。


「……まさか」

「そう、島よ」


 頭を殴られた気がした。

 信州じゃなかったのか……?


「太平洋にある小さな離島。だから、島から出るにはヘリか船が必要になるわ。ヘリは難しいでしょうから、逃げるなら船になるわね」


 船……?


 駆け足で進む説明に、置いてけぼりを食らいそうになるおれの目の前で、モニター上に建物が映し出された。黒地に白の線で描かれた立体図。それがくるくると回転している。

 何階建てだろう。複雑な構造で、とっさには数えられない。とにかく、7,8階はある気がした。


「ここが、今いる隔離棟よ」


 ……これが?


 改めてその図を見つめたが、現在地がどこか分からない。

 目を凝らしていると、今度は別の映像が映し出された。


「この隔離棟を出て東に進むと、30分ほどで桟橋に出るわ」


 茂みが途切れた先に、小さな桟橋が見えた。


「ここは、いわゆる裏口なの。正式な港は西側にあるけど、そちらの警備は厳しいから、逃げるならこちら側になるわ」


 ……そう……なのか。

 おれは茫然としたまま、ただ女の話を聞いていた。


「この桟橋には、常時小型の船舶が何隻か停泊しているから、それを使って島を出て。これが最も確実な脱出ルートになるわね」


 言って、高木はおれを眺めた。


「でも、あんた、船の操縦なんてできないわよね……」


 溜息混じりの言葉に、おれははっと我に返った。


「あぁいや。モーターボートなら、昔、親父に習ったことがあるよ」


 高木はびっくりしたようにおれを見つめた。


「本当?」


 おれは頷いてみせる。


 そう。昔から親父は、時折変わったことを教えてくれた。

 家族で湖に出かけた折も、レンタルした、と言ってモーターボートの扱い方を教えてくれたっけ。あれから随分経つから、かなり忘れているかもしれねぇけど……。


 高木はニヤリと笑った。


「そう、ならなんとかなるわね」


 言って、画面の左側を指差す。


「島を出たら、そのまま北西に向かいなさい。上手くすれば、数日後には伊豆の東海岸辺りに出られるから」


 ……すごい。

 目の前で急速に道が開けていく気がした。

 これなら本当に、逃げられるかもしれねぇ……。


 けど、高木は思いの外、険しい顔を向けてきた。


「ただ、本土についても、警察に駆け込むのは止めた方が無難でしょうね」


 え……?

 今まで浮き立っていた気分がすとんと沈む。


「どうして」

「正直に話したって、どうせ信じてもらえないわ。しかも、どこに奴らの息がかかっているか分からない。下手に喋って見つかりでもしたら、殺されるのがオチよ」


 そんな馬鹿なと言い返したかったが、今までのことを考えれば、嘘とは思えない自分がいた。


「でも、それじゃあ……」


 顔が歪んでくるのが自分でも分かる。


「家に帰ったら、家族まで危険に晒しちまうもしれないってことか……!?」


 高木は肩をすくめた。


「さぁ、その辺りのことは任せるけど。身を隠すにしても、誰かに助けてもらう必要があるでしょう。こっそりと連絡を取るのが無難じゃないかしらね」


 眩暈がした。

 今までは、逃げることだけを考えていた。

 逃げられさえすれば、それで終わりなんだと思っていた。

 なのに……!


 ちくしょう、なんでおれがこんな目に……!

 そんな愚痴が口をついて出そうになって、辛うじてその言葉を飲み込む。

 いや、泣き言を言ってる場合じゃねぇ。今はとにかく、脱出しねぇと……。


 そこまで考えて、おれはふと思い至った。

 ……待てよ。逃げてどうするんだ?

 母さん達におれの無事を知らせたとして。その後は?


 急に、頭が冷えた。

 世間的には死んだはずのおれが生きている。それを知っただけで、母さん達まで危険に巻き込んじまうんじゃ……?


 嫌な感覚が込み上げてくる。

 粘り着くような、ヒリつくような焦燥感。

 ……ダメだ。

 それだけは絶対にダメだ。


 これ以上、おれのせいで迷惑はかけられない。

 それならいっそ、このまま死んだことにしておいた方がマシじゃねぇか……!

 けど、それならどうする? 逃げ続けるのか? 一人で? いつまで? 一生?


 歯噛みしたいほど、どこかが疼いた。

 それじゃあ意味がねぇんだ。だったら……!


 おれは高木を振り返った。


「何、覚悟が決まった? じゃあ、さっさと――」


 言いかける高木を遮り、


「いや、おれは逃げねぇよ」

「……は?」


 高木は、完全に虚を突かれた顔をした。


「今、何て?」

「このまま逃げても、一生逃げ続けなけきゃならねぇんだろう? そんなのはご免だよ」


 高木は呆れ返った顔をした。


「じゃあ、どうするわけ? ……まさか、ここをどうにかしようってわけでもないんでしょうし」

「いや、そのまさかだ」


 高木は目を見開いた。


「はあっ?!」


 おれは高木を見据えた。


「なら、訊くけどな。あんたこそどうして逃げない? そこまで分かっているなら、さっさと逃げりゃあいいだろう? なのに、こんなところで、いつまでも何してるんだよ!」


 高木はおれを睨みつけ、それから、白衣のポケットから銃を抜いた。

 な……。


 おれが拾ったものとは違う形。恐らく、今度は実弾が入っているんだろう。

 反射的に身を引いたおれに、高木は皮肉げに笑った。


「いい? 余計な詮索は命取りよ。ここまで教えてあげたんだから、有難く感謝して、さっさと逃げて欲しいものだわね」


 少しだけ焦った。

 だけど、それでも、今度はさほど怖いとは思わなかった。


「あんた、一体何をしようとしてるんだ」

「……人の話、聞いてる?」


 撃鉄を起こされると、さすがに体が震えた。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。でなきゃ、元には戻れないんだ。引いてたまるか……!


 しばらく睨みあった後、先に溜息をついたのは高木だった。


「全く……。分かったわよ、話してあげるわ」


 全身から力が抜けそうになった。

 正直、脅しで1発や2発、鼻先を掠められるんじゃねぇかと思っていたからだ。

 よかった……そっちが先に折れてくれて……。 


 そんな思いを知ってか知らずか、銃をポケットにしまいながら、高木はもう一度溜息をついた。


「あんたの言う通り、私にはまだやることがあるのよ。助けなきゃいけない子がいるの」


 その言葉にピンと来るものがあった。


「それって、まさか――」

「そう。あんたが声を聞いたっていう子。シンシアのことよ」


 ごくりと唾を飲み込んじまう。

 本当に、いたのか……。


「その子、一体何者なんだ?」


 勢い込んで聞くと、高木は陰のある笑いを浮かべた。


「オウガを生み出す要となる存在」

「……おうが?」


 聞き慣れない単語に目を瞬くと、高木は少し意外な顔をした。


「もしかして、聞いてないの?」

「聞くって、何を?」


 おれの顔を見て、結城は眉を寄せた。


「まぁ一言で言ったら、……バケモノ。あんた達を襲った奴らのことよ。こう言えば分かる?」


 脳裏に、真っ赤な目をした奴らの群れが蘇る。


「あれが……オウガ?」

「そう。そして、オウガを生み出すために必要とされるのが、シンシアよ。この施設の最下層に閉じ込められているの」


 高木の顔が苦渋に歪む。それから、おれを見上げて皮肉げに笑った。


「どう? 納得した? 納得したなら、さっさとここから逃げてくれないかしらね」


 おれはこめかみを押さえた。

 待て、何でそうなる……。


 ここには確かに、少女が監禁されているという。

 そんな話を聞いたら尚のこと、はいそうですか、なんて言えるわけがないじゃねぇか。


(オネガイ、タスケテ……!)


「おれも、あんたと一緒に行くよ」

「……は?」


 高木が目を剥く。

 おれはもう一度繰り返した。


「おれも、あんたと一緒にその子を助けに行く」


 高木は見る見る目を吊り上げた。


「あんた、どれだけ私の好意を無にする気!? いい加減――」

「違う。あんたには本当に感謝してる。でも、このまま逃げても、元の生活には戻れないんだろう? だったら――」


 高木は、ひどく冷たい視線をよこした。


「だったら? 私と一緒に来る? 冗談じゃないわ」


 吐き捨てるように続けてくる。


「あんた、今の自分の状態が分かってる? 銃の扱いも知らない、体もボロボロ、そんなあんたが一体何の役に立つって言うのよ? はっきり言わせてもらうけど、あんたなんかについて来られると足手まといなのよ!」


 おれは唇を噛んだ。

 全くもって正論だな……。


「……ワリィ、あんたと一緒に行っても、邪魔になっちまうだけだよな……」


 高木は決まりの悪い顔をした。


「いえ、分かればいいんだけど。……だから」


 とりなす様に何かを言いかけた高木は、


「でも、おれは逃げねぇよ」


 その言葉に肩を震わせる。それを無視して、おれは続けた。


「そうだな、その子を助けるのは、あんたに任せるよ。その方が確実そうだしな。その代わり、おれは証拠を集める」

「……証拠?」


 おれは頷いた。


「あんたも言っていただろう? ここを暴くための証拠を集めてるって。それと同じだ」


 高木が唖然とした顔をする。


「何であんたが……」

「あんたの言う通り、このまま逃げれば、何とか家までは辿り付けるのかもしれねぇ。でも、このままじゃあ、家族まで危険に晒しちまうかもしれないだろう? そんなのはご免なんだよ。だから、……だからさ、この施設の実態を暴いて、逃げ隠れしないですむようにしてぇんだ……!」

「…………」


 しばらく黙っていた高木は、やがて根負けしたように溜息を落した。


「分かったわよ」


 見上げると、高木の口元には歪んだ笑みが上っていた。


「そうね、そこまで言うのなら、私についてきなさい。あんた、ここのこと何にも分からないんでしょう」


 本当か……!


「その代わり」


 高木は凄むような目を向けてくる。


「私の指示には従ってもらうわよ。もし、あんたの不手際で、こっちの身まで危なくなるようなことがあれば、」


 ……あれば?

 思わず唾を飲み込むと、高木は何かを言いかけ、それから深く息を吐き出した。


「え……と?」


 居心地が悪くて先を促すと、高木は溜息をつきながら、ヒラヒラと手を振った。


「まぁいいわ。要は覚悟して臨めってことよ」

「え、あぁ。それはもちろん……」


 分かったような、分からないような。

 高木を見上げると、彼女はどこか怒ったような顔で身を翻した。


「ほら、さっさと行くわよ」


 どこへ、と尋ねる暇もない。

 でも。

 何だかんだ言って、こいつやっぱり、いい奴だよな……。



 *****



「なぁ、高木さん」


 廊下の奥へ進んでいく高木を追いかけながら声をかけると、


「……高木?」


 訝しげに振り返られて、おれは目を瞬いた。


「あんた、高木っていうんだろ? ほら、胸のプレート……」


 あれ……?

 よく見ると、プレートの写真は、目の前の女とは別人だった。

 どういうことだ?


 戸惑うおれに、女はくすりと笑った。


「この白衣は借り物なの。囚われていたって言ったでしょう? まともな服じゃなかったから、逃げた後にロッカールームから拝借したのよ」


 なるほど。


「じゃあ、あんたの名前は?」

「……ユウキ」


「ゆうき? 下の名前?」

「違う、苗字よ。髪を結うの結に、お城」

「結城さんか」

「結城でいいわ。あんたは?」


 問われて、今まで自己紹介すらしていなかったことに気づく。


「おれはヤブキだ。矢吹涼司」


 指で字を書いてみせると、「ふうん」と言ってから、結城はからかうように笑った。


「格好いい名前ね。まるでホストの源氏名みたい」


 むっとして結城を睨むと、彼女は慌てたように両手を上げた。


「冗談だってば。いい名前ねって思ったのよ」


 嘘つけ、こいつ……。

 結城は声を上げて笑った。



 *****



 どこをどう歩いているのか、正直おれにはわからなかった。

 ただ、この施設が想像以上の規模であることを改めて思い知らされる。まるで迷路だった。


 その上、非常灯に照らし出された廊下は薄暗く、何かが床に転がっていると足をすくわれそうになる。異常に神経を磨り減らす行程だった。

 にも関わらず、結城は馴れた様子で苦もなく進んでいく。


 何て奴だ……。


 だが、それより驚いたのは隠し扉の存在だった。机の引き出しに組み込まれたパネルにパスワードを入力すると、その机がスライドし、地下へと続く階段がぱっくりと口を開ける。


 まさか、本当にあるなんて……。

 唖然としていると、結城の声が飛んでくる。


「ほら、何ボサッとしてるの。置いてくわよ」


 おれは首をすくめた。

 こいつは本当に口が悪い。

 ……でも、他人のことは言えねぇか?



 結城に続いて降りていくと、階段は1階層下ったところで終わっていた。

 そして、そこは上層階とはまるで様子が違っていた。


 コンクリートを打ちっぱなしにしただけの内装に、いくつもの監視カメラ。頻繁に行く手を阻む隔壁。


 だが、結城は手に入れたセキュリティカードで、次々と扉の向こうへ進んでいく。

 ……マジかよ。

 結城と一緒でなければ、到底ここには来られなかっただろう。

 もし、あそこで結城に出会えていなかったらと思うと、少しぞっとした。


 恐らくあの階でウロウロした挙句、何も見つけられずに地上に戻っていたんじゃないだろうか。そうしたら、果たしてここから逃げ出す方法が見つかったかどうか……。


 思いながら、ポケットに手を突っ込んで、鍵の感触を確かめる。

 この先、万一別行動になっても脱出できるようにと、何本か渡されたモーターボートの鍵。素直に、ありがたいと思った。

 ここで結城に会えたのは、不幸中の幸い、というやつなのかもしれない。昔からおれは、そんなものと相性が良かったし。……『不幸中の』ってところが、素直に喜べないんだけどな。

 にしても。

 おれは、疑問に思ったことを口にしてみた。


「なあ、この階のシステム、何でまだ生きてるんだ? 停電したんじゃなかったのか」


 結城はおれをちらりと振り返り、すぐに前を向いた。


 ……無視かよ。

 と思ったら、結城はあっさりと答えを口にした。


「この隔離棟には、有事に備えて2系統からの電源が確保されているの。第1電源は地上にあるけど、この階より下は第2電源で賄われている。おまけに、その第2電源は最下層にあるから、オウガたちにも手を出せなかったんでしょうね」


 ……へぇ……。

 答えそのものより、丁寧に答えてくれたことに驚く。それで、もう少し尋ねてみた。


「なぁ、そのオウガってのは一体何なんだ?」

「……何、って」

「奴ら……元は普通の人間だったんじゃないか? それが……何かの病気であんなふうになったとか」


 結城は、まじまじとおれを見つめた。


「あんた、一体どこまで知っているの?」


 おれは目を瞬いた。


「おれが知ってるのは、ここで殺人ウイルスの対抗薬を作ろうとしてたってことだけだ」


 かいつまんで事情を説明すると、結城は呆れ顔でおれを見つめた。


「なるほど、よく分かったわ」


 その言葉に含みを感じる。


「分かったって、何が」

「あんたが、何にも分かってないってことがね」


 思わず、むっとして結城を見返してしまう。


「どういう意味だよ?」

「いい? ここで行われているのはね、対抗薬の開発なんかじゃない。ウイルスそのものの開発よ。それも、人をオウガにするウイルスのね」


 ……何だって?


 結城は抑揚のない声で続ける。


「あんた、ビデオを見たんでしょう? 生きた人間にウイルスを投与する場面を」


 ……ビデオ。

 おれが頷くと、結城は硬い声で続けた。


「人にウイルスを投与するとね、普通はああなるのよ。内部から急激に、体組織の崩壊を引き起こす」


 あのおぞましい光景を思い出し、おれは顔を歪めた。


「じゃあ、オウガってのは……?」

「……死人」


 おれは目を瞬いた。

「死人?」


「そう、ウイルスの投与で蘇った死人。言うなればゾンビね」


 おれは絶句した。


「そんな……」

「バカなって思うでしょ?」


 結城が低く笑った。


「でも、それがここでは現実に起きているの。生きた人間に投与すれば死を招く殺人ウイルスも、死人に投与すれば蘇生させる奇跡の薬。……まぁ、見ての通り元通りってわけにはいかないけど、兵士としては利用価値がある。で、極秘裏に不死身の軍隊をつくろうって計画が進められているわけ」


 言って、結城も肩をすくめた。


「本当、ホラー映画みたいな話よね」

「……まさか」


 それだけ言うのが精一杯だった。


「そう。普通は誰だってそう思うわよ。……その目で見るまではね」


 おれは言葉を飲み込んだ。

 確かに、あいつ等は尋常じゃなかった。ゾンビと言われれば、むしろ納得すらしてしまう。


「でも、そんなこと一体誰が……」


 絞り出すように呟くと、結城がちらりとおれを振り返った。


「教えてもいいけど、余計なことを知れば知るほど危険は増すわよ」


 その言葉に動じないと言ったら嘘になるが、おれは何とか笑って見せた。


「ここまでくれば、もう同じだろ?」


 結城は肩をすくめた。


「それもそうね。……製薬会社カイザーって知ってる?」


 カイザー?

 聞き覚えがある。


「……最近日本に進出した、世界規模の製薬会社、だろ?」

「あら、よく知ってるわね」


 何かのテレビ番組で、この会社を特集していた気がする。

 各国の製薬会社を吸収合併し、急速に大きくなっている企業だとか……。


「まさか、この会社が……?」


 結城は頷いた。


「そう。裏で各国の軍需産業とも繋がっていてね。巨額の資本をバックに、こんな研究を進めているってわけ」


 おれは絶句した。


「証拠でもあるのか……?」

「残念ながら」


 結城は他人事のように応じる。


「掴んだ証拠は、すぐに握り潰されたわ。さすがに一筋縄ではいかないわね」


 言って、口の端を歪める。

 気づくと、彼女の肩が小刻みに震えていた。


「……結城」


 今さらのように気づいた。

 同僚の死を『ざまぁみろ』と言ってのけた結城。そこまで言うのは、余程の目に遭わされたからじゃねぇのか。

 今になって、なんと声をかけていいか分からなくなっちまう。


 そんな心境を知ってか知らずか、結城はおれを振り返って、からかう様に笑った。


「何? 敵があんまり大きいんでショックを受けた?」


 おれは曖昧に頷いた。


「まぁな……。けど、驚かない方がおかしいだろ?」


 結城も思わせぶりに笑う。


「でも、これくらいで驚いてもらっちゃ困るのよ。馬鹿げた話は、まだいくらでもあるんだから」

「いくらでもって」

「そうね、例えば……オウガにはもっと凶暴で狡猾な奴もいる、とか?」


 ……マジかよ。

 おれは頭を抱えた。


「まだ頭数は少ないけど、私が知っている限り……2体はいるわね」


 2体、それはまた随分と少ない。

 おれの思考を読んだように、結城は言い添えた。


「出来のいいオウガを生み出すのは、なかなか骨が折れるらしくてね。まだ数が少ないって訳」

「じゃあ、そいつらと遭遇する可能性は低いってことか?」


 半ば期待を込めて尋ねると、結城は肩をすくめた。


「どうかしら。そもそも、この混乱を引き起こしたのは彼らでしょうから。出会ってしまう可能性も無いとは言えないわね」


 ……待て。


「そいつら、どれくらい厄介なんだ……?」


 結城は何が面白いのか、小さく笑いながら首を傾けた。


「そうね……普通のオウガは本能のままに襲ってくるけど、そいつらはもっと狡猾。しかも凶暴。その上、身体能力も高いときてる。銃で撃ってもすぐに再生するしね」


 何だって?


 おれが今まで、何度もオウガに遭遇して、それでも無事でいられたのは、奴らが愚鈍で頭が弱かったからだ。

 それがもし、そうでない者がいるとしたら……?


「弱点とかはねぇのか……?」


 結城はちらりとおれを見て、肩をすくめた。


「……普通のオウガと同じで、頭を吹き飛ばせば活動を停止するらしいけど。でも、もし出会ってしまったら、ひたすら逃げることよ。戦おうとしても無駄。素人じゃ相手にならないから」


 背筋に嫌な汗が流れ落ちる。


「話して分かる相手でもない……か……」


 前を歩く結城が、くすりと笑う気配がした。


「出会わないよう、祈ってなさい」


 心底、そう願いたかった。

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