疑念

 おれたち6人は、同じサークルのメンバーだった。ミステリー同好会といえば聞こえはいいが、どちらかと言えばオカルト好きな連中が集まっては遊ぶような、何でもありのサークルだ。今回の旅行も、その一環だった。


 大学3年生の朝倉、中嶋、今井と、大学2年生のおれ、池田、水野の3人。計6人で企画された2泊3日の夏旅行。昼は高原で遊び、夜は貸し別荘で飲み明かす。


 ……といっても、本当に仲がいいのはおれを除いた5人だけだ。

 おれは今年の春、朝倉に連れられて初めて入部したような新参者だったし、入部こそしたものの、ほとんど部室には顔を出さない幽霊部員だったから、朝倉以外の奴とは、それほど親しい間柄じゃなかった。


 ……まあ、池田は同じ学科の同期だし、中嶋は小学生時代の知り合いだったから、多少面識がないわけじゃなかったが……。


 それでも、今回の旅行は女性陣の妙な盛り上がりに巻き込まれて、半ば強引に参加者に組み込まれたようなものだった。

 正直、おれは旅行にあまり気乗りしていなかった。そういったものが苦手だったし、……怖くもあった。

 けど、いざ旅行が始まってみれば、そんな杞憂はきれいに吹き飛ぶのを感じていた。


 常時ハイテンションで騒ぎまくる今井は、うるさくはあったが面白い奴だったし、まるで漫才のように惚けと突っ込みを入れている池田と水野の姿には笑えた。あまり馬鹿騒ぎが得意そうに見えない中嶋と朝倉でさえ、結構楽しんでいる様子なのが印象的だった。そんな具合だったから、2日目の晩には、全員がかなり飲んでいたと思う。

 異常が起きたのは、その晩だった。


 皆が寝静まった頃、おれと朝倉はコテージの居間でまだビール缶を握り締めていた。そのときだった。


 かちゃん、と小さな音がした。

 ちょうど会話が途切れたときだったから、その音は妙に耳に響いた。


 きっとガラスが割れた音だろう。風か何かで、窓でも割れたのかもしれない。

 一応、様子だけは見に行くか?

 そう示し合わせて、腰をあげたときだった。


 突然、視界が歪んだ。

 はじめは、飲みすぎたのかと思った。

 苦笑いしながら朝倉を振り返った途端、心臓が跳ねた。


 朝倉がその場に突っ伏していた。


『……朝倉? おい、朝倉!』


 おれは慌てて朝倉の下に駆け寄った。いや、駆け寄ろうとした。

 でも、できなかった。

 視界がぐにゃりと歪む。声も上げられなかった。

 おれはそのまま、自分が倒れこむ音を聞いた気がした。



 *****



「あのとき部屋に投げ込まれたもの、ガス弾か何かだろうか」


 ……ガス弾?

 おれは顔をしかめた。

 ガラスが割れたのは、何かを投げ込まれたせいだろう。それはわかる。

 けど、それがガス弾だって……?

 馴染みの薄い単語に違和感が込み上げる。けど。


「まあ、……そうかもな」


 適当な相槌を打つと、嫌な沈黙が降りた。

 ……くそ。


 状況は分かった。

 いや、何も分からないが、分からないなりに分かった。

 おれたちは、何者かに拉致されたんだ。



 *****



 起き出せるようになってすぐ、おれは一通り部屋の中を確認して回った。自分でも確認せずにはいられなかった。

 で、朝倉の言っていた通りだと、ただ再確認する羽目になった。


 部屋には見事に何も無かった。

 取っ手の無い扉は、男3人がかりで押しても引いても、ビクともしない。

 黒光りする大窓はおれ達の姿を映すだけで、外の様子を伺うこともできなかった。


「……ねぇ、この窓、もしかしたらマジックミラーになっているんじゃない?」


 そう言い出したのは池田だった。

 部屋の中央に集まって、今後のことを話し始めた矢先の発言。

 途端に、水野がひどく不安そうな顔で池田を見上げた。


「マジックミラー? それって、向こう側からはこちらが丸見えっていう鏡のことよね?」


 池田が頷く。


「だったら、これは違うでしょう? この窓、別に鏡って訳じゃないもん」 


 頬を膨らませる水野に、


「……でも」


 と言い淀みながら、池田は続けた。


「鏡に見えないからって、向こう側から見えない構造とは限らないんじゃない?」


 おれたちは顔を見合わせた。そりゃ、そうだが――、


「どうして、そう思った?」


 おれたちの疑問を代弁するように朝倉が尋ねる。

 その途端、池田はひどく自信がなさそうな顔をした。


「え、と……。なんとなく、なんですけど……」


 言い淀んでから、思いきったように顔を上げる。


「でも、この窓、何だか不自然じゃありません? 単に向こう側を見せたくないのなら、何かで覆うとか、もっと簡単な方法がありそうなのに。どうしてわざわざ、こんなものを嵌め込んだのかなって思ったら……」


 ……まあ、確かにな……。

 池田の発言も一理ある、というか、むしろ尤もだと思った。

 とにかく、この窓は何か異様なのだ。


「でも……だとしたら、何のためにそんなものを?」


 不安げな水野の言葉に、朝倉が口を開きかける。

 けど、その前に口を挟んだのは今井だった。


「そんなの、おれたちを監視するために決まってんじゃねぇか。なに言ってんだ、お前」


 思わずぎょっとした。その口調が余りにきつかったからだ。

 水野も驚いたように目を見張り、それから今にも泣き出しそうな顔になった。


 お前……!

 おれは内心で今井に毒づいた。

 もうちょっと口の利き方ってもんがあるだろうが……!


 そして、少しだけ意外に思う。

 今井は確かに、自分の言動にあまり気を遣うタイプではなかったが、いつもなら女子には、聞いているこちらがゲンナリするほど甘い言葉を吐くのに。


「……ったく、すぐ泣きやがる。これだからオンナ――」


 おいっ!

 止めに入るより先に、池田が今井を睨んだ。


「今井さん! ……ああ、ほらほら! 結衣ちゃんもいちいち過剰反応しないの!」


 そう言いながら、水野の肩を励ますように叩いてやる。

 水野は、半泣きの顔に何とか笑顔を浮かべた。


「ごめん。……もう平気」


 その様子を眺めながら、


「でも、そうね……」


 と、中嶋が一人ごちるように呟く。


「これが監視用の窓だっていうのは、当たっているかもしれないわね」


 朝倉も同意するように頷く。


「そうだね、僕もそう思う」


 おれは朝倉をちらりと見上げた。きっと朝倉のことだから、始めからそう踏んでいたんだろう。


 けど、そうなると……ますます嫌な気分だった。

 向こう側に誰かがいて、今この瞬間もおれ達を監視しているかもしれない、だって?

 そう思うと不快だった。不快というより、不気味だった。


「そもそも、なんのために私たちを閉じ込めたんだろう……?」


 池田がおれたちの顔を見回してくる。それからおれに目を留めた。


「ねぇ矢吹、あんたはどう思う?」


 いや、おれに聞くなって。……ええと、……なんでだ?

 返答に窮していると、朝倉が助け舟を出してくれる。


「涼司にも分からないんだろう? 僕もさ。情報が少なすぎるんだ」

「そう……ですよね」


 池田の声もさすがに沈む。

 空気が重苦しくなった気がした。


 おれたちを閉じ込めた奴の目的が分からない。それがまた、嫌なことを思い出させる――。

 ……あぁ、くそっ。

 おれはぎゅっと胸を押さえた。


「ねぇ、これって誘拐、だよね? 身代金目的、かな……?」

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