アイスウーマンの腕時計
松長良樹
発掘されたもの
アイスマン(Iceman)は、1991年にイタリア・オーストリア国境のエッツ渓谷の氷河で発見された約5300年前の男性のミイラの名であるが、南チロル考古学研究所で仕事をしていた研究者である五十嵐修二は、あるきっかけでアイスマンではなく、アイスウーマンなるものをアイスマン発見場所から。西北に約二百キロの地点で発見した。
これもまた氷河に埋もれていたのだが、これは大発見であり、まだ若い五十嵐修二の名を世界に知らしめた。五十嵐は自分の偉業達成の興奮に酔いしれ、かなり有頂天になった。それはまあいい仕方のない事として、その発見にはとんでもない付随物が付いてきた。
このアイスウーマンは驚くべきことに、左腕に時計をしていたのだ。それも現代人のもつ腕時計とほとんど変わらないものだ。なんという不可思議、ミラクルだろう!
もう少し冷静に述べると、その時計は人体と同程度の時間経過を経ている。つまりもう大変な骨董品になってしまっているという事だ。この時計がもし新しい時計なのであれば、誰かの悪戯としか考えようがなく、それはそれで決着がつくのだが、時計が化石化しているから彼女が生きていた時代にすでに時計があり、彼女はその時計を使って秒刻みの時を認識していた事になる。
この事実に世界中の科学者や考古学者が眩暈を覚えたのは当然と言える。どうにもこの
ありとあらゆる調査がされ、ありとあらゆる仮説が打ち立てられた。だがどれも中途半端でエビデンスに欠け、論拠は怪しかった。まるで我々は迷路に迷い込んだ、哀れな子羊のようで、誰かにからかわれているみたいで、そのくせ背筋が寒くなった。
そこで五十嵐は彼なりの推論を立てることにした。そうでないと五十嵐の神経は崩壊しかねないから。そういう訳でその推論をここに列挙しようと思う。
一、 宇宙人説
これは短絡的ではあるが、最も簡単に説明がつく。つまり今から約5300年前にこの地球に宇宙人がやってきてアイスウーマンに腕時計をプレゼントした。だから
アイスウーマンはたぶんそれを時計とも知らないで、飾りの様な気持ちで腕にはめて喜んでいたのではないだろうか? という説。
二、 異次元説
これは次元の裂け目みたいなものがあり、未解明の暗黒エネルギーみたいなものの影響で現代にあった時計が時間と空間の狭間を滑って、過去に行ってしまったと言う説。
三、 古代文明説
実はいまから約5300年前には現代文明をも凌駕する素晴らしい文明があり、時計はその文明の遺産であり、何かの原因でその文明は滅びてしまったと言う説
「四、むにゅ、むにゅ、むにゅ、アイスウーマンちゃーん」
そのとき、うわ言を言う五十嵐は誰かに肩をこずかれた。気がつくとベッドに寝ているらしい。周りには見たことのある連中、隊員たちがいる。そして彼らは五十嵐にこんなこと言うのだった。
「五十嵐隊長、大丈夫ですか? やっと目が覚めたようですね。我々探検隊がエッツ渓谷の氷河にやってきて、隊長が氷河の中から古代の瓶らしき物を探し当て、ためらいもなく瓶の蓋を開けた時にはびっくりしました。隊長は瓶の中の気体を吸い込んで倒れてしまわれたのですから。心配しました。このまま、もうお目覚めにならないのかとも思いました。でもよかったです。ベッドの上で隊長はずっとうなされていましたが、なにか悪い夢でも見られていたのでしょうか?」
「えっ? 夢… ああ、いや、悪いが今はなにも話したくないな」
五十嵐修二はわざと厳しい顔をして、ふらりとベッドから立ち上がり、何事もなかったかのように、壁にかかった時計をじっと見つめた。
了
アイスウーマンの腕時計 松長良樹 @yoshiki2020
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