51.僕と彼女と坂田の大脱出

 周囲を見渡す。

 人だかりが出来て、僕たちを囲んでいた。何が、どういうことなのか。それを彼らは理解できず、遠巻きに見るだけだった。


 人々は腫れ物に触るように僕たちを取り囲んでいる。

 取り囲まれているのは僕と沙也加、そして山岸このはだった。


 彼女の姿を見る。彼女も状況をいまいち理解できていないようだった。

 彼女は僕が持ち去った金属製のバレルを持ってきょとん、と呆けた顔をしている。


 僕には分かる。

 彼女はオカルトとの繋がりを断った。僕に断ち切られた。今の彼女は言いようもない喪失感を味わっているはずだ。


 僕は彼女の意図を切ることができた。

 あの剣は僕が理解し、否定したものしか切れない。

 山岸このはを、僕は直感的に理解していた。


 特別な真実を知ること。特別な存在と繋がること。

 ーーー特別な存在に、選ばれること。


 そういう、こことは違って、誰かとは違う地平に憧れた。

 そこに自分の居場所を手に入れた。


 僕はそういうあり方を理解していた。

 そこにとどまれるのであれば、それがどんなに幸せなことかも理解していた。

 それでもなお、僕は僕のためにその幸福を否定し、断ち切った。


 僕は残酷なことをしていた。誰かの幻想と憧れを断ち切って、破壊する。

 そうすることが、僕の世界を護ることだったから。


 ……だが、その先に何が残るというのだろう。

 何も残らない。後にあるのは、やはり空虚な現実だけだった。




 その後、僕たちは騒ぎを聞きつけた坂田に発見された。沙也加と山岸とともに彼に連れられて会場を出ることとなった。


 坂田の案内に従って会場に隣接する駐車場まで走り、黒塗りの車に乗り込む。

 山岸このはが助手席に、僕と沙也加が後部座席に着席した。


 坂田は急ぎつつも慌てること無く、車をさっさと会場から出発させた。荒い運転にうお、と声が漏れたが、坂田はその声を無視してアクセルを吹かした。


「おい干乃ほしの!」

「はいっ」

「追っ手とか来てねぇよな!?後見ろ!」


 坂田の指示に従い、背後の様子をうかがう。

 人も車も追いかけてくる様子はない。道路の外から見える木々が後へと去って行くだけだった。


 僕が「無さそうです」と言うと、坂田はため息をひとつ吐いた。


 車内に沈黙が訪れる。僕も沙也加も、山岸このはも黙っている。


「……まぁ、ひとまずは大丈夫だろ。これから追ってくる可能性もあるけどよ」

「あの」


 おずおずと手を挙げるジェスチャーをしながら沙也加が言う。


「それも大丈夫な筈です。というのも「ちよろずのつどひ」はこれ以上私たちにかかずらう意味が無いというか、コスト回収が出来なくなるというか……」

阿呆あほう


 沙也加の言い訳染みた物言いを坂田は即断する。


「可能性があろうと無かろうと警戒するのが普通だろうが。相手は架空接続持ちだ。テメェは大丈夫でもそこの嬢ちゃんと干乃ほしのはそうじゃねぇ」


 大体だな、と坂田の説教が始まった。

 沙也加はその言葉にはい、と神妙な声を出して相槌を打っていたが、横目では僕の方に視線をやりながら肩をすくめている。二人の関係性が読み取れるようだった。


干乃ほしの。お前もだ。おとなしくしてろっつったろうが。それがなんだ、ノコノコ出てきて勝手なことしやがってよ。円藤と良いテメェといい、何で人の話を聞きやがらねぇんだ」


 すべてが妥当性のある発言だった。

 結果は全員無事だった。僕も沙也加も、山岸このはなる女性も。全員があの会場から抜け出すことが出来た。

 しかし、この展開に再現性は無いし計画性も無い。


「たくよ。色々準備してた護符とか知識が無駄になったぜ」


 坂田はそう言うと、小言に疲れたのか黙りだした。


 しばらく坂田の次の言葉を待っていたが、やがて手持ち無沙汰になって風景を眺めた。


 車は会場となっていた高原をすっかり離れ、低地の道路を走っている。


 ―――会場を漂っていた異界のような、異様な熱気が覚めやらない。そこで味わった、自分の意思で関わった超常現象についても。

 

 自分が関わった物についての検証というか、考証は頭の中を駆け巡っている。

 薬物による幻覚、共感覚の発生、あるいは僕の願望。


 ―――さもなくば、ドッキリとか。

 色々な可能性が頭を駆け巡っては消えていった。


 そしてそのどれもが誤魔化しでしか無くなっていた。僕と円藤沙也加の関係と物語は、自主祭の日を境に変わってしまっていた。僕が生きていた世界は、別の物へと変質を遂げている。


 それは不可逆的なものだった。水に絵の具が一滴でも混じれば、それは元の水とは違う物であるように。

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