47.僕と彼女の作戦会議
「じゃあこの話はいったん終わりでいいですか」
沙也加は僕の万感を込めたひとまずの結論に対して、えらくあっさりと返してきた。
「……軽くない?」
「重く返されたかったですか?セキくん……!私、うれしい!これからも一生一緒にいましょうね!……とか?」
「それは重いと言うより鬱陶しいと言うべきだね」
「でしょう?そもそも、です。今この状況を考えてもみてください」
僕と沙也加は妙なカルト団体の主催する謎のイベントにふたりして参加している。
しかもそのカルト団体には文字を用いた異能力の使い手がいて、沙也加は完全にしてやられて身動きも取れなくなった。
「ピンチでしょう?」
「ピンチだな」
「こんな風にお互いの感情を告白しあっている場合じゃないのです。一昔前の邦画じゃないんですから」
……そう言われてみると場違いなことをしてしまった気もする。
だが、彼女にだけは言われたくないと思った。
「そもそもそんな場所までやってきて動けなくなってるのは沙也加さんじゃないか」
「それは言わない約束ですよ」
「そんな約束はしてない。というか、なんでこんなところまで来たのさ」
そもそも、彼女がどうしてあのサークル、ひいてはその母体であるカルト団体「ちよろずのつどひ」と対決するに至ったのか。
その経緯を僕は知らなかった。
「依頼があったのです。私たち、円藤の退魔師への依頼ですよ」
沙也加曰く、始まりは円藤家に持ちかけられたとある依頼だった。
20代の女性が「ちよろずのつどひ」に入会し、家族との関係が悪化したり、金銭トラブルなどが起きた。
大学の講義を休みがちになり、急に数十万円を家の口座から引き出し何かに使い始め……というような状況。
それを怪しく思った彼女の両親が、探偵を雇って調べさせた結果、「ちよろずのつどひ」というカルト団体に所属しているという事実が明らかになった。
そこで探偵が紹介したのが円藤家だった、という。
「……それ、拝み屋の仕事かな」
話を聞くとカルト被害者の会とかカルト脱退請負人とかの仕事のように思える。
「今回に限って言えば我々の仕事です。セキくんも自主祭の時ダウンしてたでしょう」
確かに、発表を聞いた後の記憶は朦朧としている。
気がついたら自主祭は終了しており、沙也加も居なくなっていた。
しかし、あれは坂田の見立てによればアーシャ何某という人物の呪いだと聞いていた。
「さて、今回の相手たる久元文字の話です。歴史観やコミュニティへの帰属欲求など、そういうものを増幅させ、感情を操る。そういう効果があったのですね。……私は当初、背後にある文脈や設定に意味があると考えていました」
文脈、設定。
ホームページなどに書かれた文章によれば、さる神社から発見された超古代の文献に書かれた日本古来の文字であり、医療効果なども期待させられるという文字だという。
「―――怪異とは、人間の脳内にある想像や感情、願望といったものが何らかの経路を辿って現実に出力されたものである、と。現代の拝み屋たちはそのように定義し、
概ね、坂田の語っていた怪異の定義とそう外れることが無い。
彼は菅原道真の祟りと呼ばれる現象を例に出していた。
「これは複数人の集合意識が怪異を生み出すこともあれば、強い脳波を持った個人によって実体化するケースもあると言います」
夫に酷い扱いを受けて死亡した岩という女性が、幽霊となって夫を祟る……そういう筋書きの話だった。いわゆるお岩の祟りである。
「四谷怪談は実話じゃない。そのはずなのに祟りとして人々に恐れられている……っていう、そういう話?」
伊右衛門とお岩という人物は実在したらしいが、彼らは特にトラブルを起こすこと無く人生を全うした、という記録が残っている。
すなわち、岩という女性の祟りが生み出される因果は存在しない。
だが、あまりにも有名になった物語は、存在しない祟りを生み出した。
この物語が、人々の集合意識を動かす中心となった、と言う話だろうか。
「その通りです。今回の例で言うならば、人々のイメージを
その原典、ないし原文とやらを発見し、彼らの物語を破壊することで文字の意味を無効化する。それが彼女が考えていた計画のようだった。
「それで、発見できたの?」
「できませんでした。私がここに来てから時間はそう経っていませんが、一般会員や幹部級と会話したり、
何食わぬ顔で言うが、中々危ない橋を渡っているように思う。
「彼らの語る久元文字は存在しないのです」
「……そりゃ、明らかに偽文書だろうけど」
「そういう話でもありません。例えば
「ああ、うん」
この間、高津に教えてもらった文書だった。
ゼミの先輩がこれをテーマに論文を書こうとしてトラブルが起きた……というようなことを語っていた。
「例えば
しかし、と沙也加は眉をひそめる。
「今回問題となっている大久元文書なるものは、存在しませんでした」
原文があればその矛盾や問題点を突くことが出来る。
考古学的、文献学的、あるいは年代調査などの知見を借りれば完全な解体は出来なくても効力を弱めることはできる、と言う。
だが、今回は突くことのできる矛盾が存在しなかった。文献そのものが無いのだから。
「……つまり、あれかな。デススターの排気口を探したけど無かったと」
「あるいは『インデペンデンスデイ』の敵の宇宙船にコンピューターウィルスが効かなかった、と言う感じでしょうか」
古い映画の例えだったが、かろうじて沙也加には通じたようだった。
つまり、これさえ破壊すれば、という分かりやすい呪いの中心が存在しないのだという。
「こうなってくると、
人間の思考が生む怪異が
「こうなるとお手上げです。まさか当人を殺すわけにも行きませんし」
「……
「え」
坂田の名前を出すと、沙也加の顔色は一気に変わった。
なぜその名前を、どうして僕が、という疑問にしばしフリーズしているようだった。
「あの人は文字自体に
僕に見せたイベントのちらし。あれもすでにデコードしてある、というようなことを言っていたような気がする。
「つまり、文脈とか原典から呪いが発生しているのではなくて、当人が書いた文字を視認することで呪いが発動するんじゃないか……みたいな、そういうことを言っていた」
僕が坂田からの受け売りを語ると、沙也加は珍しく
「もしかして来てるんですか、カナさんが?」
「
あちゃあ、と彼女は眼を覆った。
どういう関係を築いているのかは分からないが、どうやら立場的には沙也加の方が弱いのかもしれない。
「まぁ、カナさんのことは後で考えます。ええ、そうしましょう……」
自分に言い聞かせるような口調だった。
よほど恐ろしいのだろうか。
僕は少し複雑な気分になる。沙也加の生きる世界では、僕の知らない彼女の人間関係がある。その事実はオカルト云々を置いておいても妙な気持ちにさせた。
「しかし、ええ。そうであるのなら……少なくとも依頼人ひとりを無理矢理救い出すことは可能かも分かりません」
沙也加は何かを思いついた様子であり、何らかの解決の糸口を発見したようだった。
ふと、彼女は僕の目を見つめる。そしてセキくん、と僕を呼んだ。
「もう信じてくれとは言いません。協力してください」
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