45.僕がオカルトをもう一度楽しむために

 芝生の緑。

 大空の青。

 向こう側に見える雄大な富士山。


 一番奥には大きな舞台が鎮座している。出入り口からその舞台までを出店が取り囲んで道にしていた。


 グロテスクなまでの綺麗さと青臭い匂いに頭がくらくらとしてくる。僕の日常からすると非現実的であり、作り物めいており、なによりも欺瞞ぎまんがすぎる。


 通りを歩いていく。

 出店には様々な種類があった。

 有機農法で作ったという野菜、ジャム、お茶、お菓子。そういうポピュラーで健康的なイメージの商品を売る出店がほとんどだったが、かと思えば『神代文字しんだいを覚えよう!』とか『ただしい歴史を未来につなげよう!』などというワークショップが顔をのぞかせたりする。


 客は結構いて、子供連れの家族や、夫婦で来ている人もいる。

 店員の側はいずれも白いエプロンを前にかけ、頭にバンダナを巻き、顔は張り付けたような笑顔だった。


 大きな舞台の上ではトークショーや講演会、ライブなどが繰り広げられる予定らしく、現在は合宿参加者たちによる感想会をやっているようだった。


 総じてにぎやかで、なごやかで、笑い声が溢れていた。

 僕は坂田比良金さかたひらかなの忠告を無視してこの場所にいる。正確に言えば、坂田が出発する前にこっそり部屋を抜け出した。そのまま、タクシーを呼んで開催される予定の場所まで送ってもらった。


 場所は都市部から離れた高原である。

 山間の中、ぽっかりと不自然に残された緑の平面。

 組織の私有地なのか、レンタルした土地なのか。いずれにせよ、とても広く開放感のある場所だった。

 

 交通の便はよくない。

 果たして沙也加を見つけ出したとして、あるいは見つけられなかったとして、ここから徒歩で逃げ切ることは出来るだろうか。


 僕は独断でここに来ている。

 坂田もそのうち来るだろうが、彼と合流できるとは限らない。僕は僕のわがままで、勝手な行動をしてここにいる。


 本当ならば坂田の言うとおり、彼に任せるべきなのだろう。それが自然な成り行きであると言うことも理解できた。


 僕が出しゃばっても、なにひとつ自体が好転しないこともまた、想像できる。

 

 だが、どうなるにせよ沙也加とは会わなければならない気持ちがあった。


 何らかの決着をつけなければならない。彼女と僕の間にあるズレ、誤謬ごびゅうを指摘しなくてはならない。


 それはこの問題と現実が解決した後では遅い気がする。

 彼女が帰ってくるにせよ、あるいがそうでないにせよ、今の僕が今の彼女に会わなければ意味が無い。


 彼女が帰ってくるのなら、それはいつも通りの日常が帰ってくるだけだ。

 僕のパラダイムの変化を誤魔化して、これまで通りの終わらない楽しい日々を続けるということになる。


 彼女が帰ってこないのなら、なおさら言葉を交わさなければならない。


 円藤沙也加と僕の間にある物語にピリオドを打たなければならない。

 そうしなければ、納得出来ないと思った。


『なぜそこまでこだわるんだ?』


 いつか僕が沙也加に問いかけた言葉。

 それがふと、自分の脳内にリフレインした。あれは確か、古史古伝研究会の周辺について彼女が僕に報告してきて、それに対する言葉だった。

それは今、そのまま自分に問いかける言葉へと変わった。

一体なぜ、僕は沙也加にこだわっているのだろうか。


 それはきっと、彼女がオカルトだったからだ。


 彼女が隠されたものであったから、彼女に惹かれた。

 一緒にあちこちに出かけ、話をした。


 しかし、ある一定の距離感だけは保っていた。

 解き明かすことは意味を失わせることで、だからなるべく踏み込まずにやってきた。そうして、終わらない日常をやり過ごそうとした。 


 だが、こうなってはもう無理だ。

 消えた彼女との物語に決着をつけずに終わらせたら、僕がオカルトを楽しめなくなる。

 そういう予感がある。


 僕は彼女を探して回った。

 店という店を見る。沙也加の姿を探して。


 そういえば、僕は沙也加をどういう風に認識していただろうか。

 和服を着た少女。それが一番印象に残っている。


 ……もし、今の彼女が和服を着ていなかったら、僕は彼女を認識できないのではないか。

 そんなわけは無い。無いのだが、そんな不安が頭を過った。

 自分というものが信じられないことは、このあいだ記憶を失って実感している。


 あそこにも、ここにも、どこにもいない。


 学祭の日のことを思いだす。

 あの日、僕は彼女のことをついぞ探し出すことが出来なかった。

 彼女に会わなければと思って、しばらく体が動かなかった。

 現状はそのときの再現のように思えた。


「どこにいるんだ、沙也加」


 彼女の姿を見たくて、彼女に会いたくて、独り言が漏れた。

 その独り言は誰かの応えを期待したものではなかった。僕の願望を口に出しただけ。その言葉は会場の喧騒の中へと消えていく……はずだった。


「おおっと。呼び捨てとはまたフレンドリーを通り越して関係性がぐっと縮まりましたね」


 一瞬、聞き流しそうになった。

 幻聴が聞こえたのかとも思った。


 だが、彼女はそこにいた。

 あまりにあっさりし過ぎて、拍子抜けするくらい、彼女はいつもの声と姿でそこにいた。

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