44.僕と夢の対話

 どうするべきなのか、もはや何も分からない。


 関わるべきでは無い。だが、何かが引っかかっている。

 その何かについて考えてみても、一向に答えは浮かんでこない。

 その鬱陶しさにイライラとした情動が積み重なっていく。


 まるで餓鬼のようであった。子供っぽい、という意味では無い。

 文字通り、鬼としての餓鬼。

 何かが満たされないままでいるのに、欲しいものが分からないから満たされることが無い。

 それが手に入るものなのか、それとももう戻らないものなのか。

 それすらも分からない。ただ、何かが納得がいかなかった。


 終わりのない自問自答。それに悩んでいるうちに僕はすっかり疲れてしまっていた。


 そうしていつの間にか眠りに落ちていた。

 そしてその日、僕は円藤沙也加の夢を見た。




 夢で見た沙也加の姿は相変わらずで、和服を着た衒学気取りの女の子だった。


「つまり宇宙人と言うのはバナナを作り出した種族の末裔なのです。全世界の平等を体現したような存在なのですよ」


 夢の中の沙也加はひたすらに言葉を連ねているが、本物の沙也加がそんなことを言った覚えは無かった。


「つまりニューワールドオーダーの陰謀です。フリーメイソンや欧州原子核研究所はこの世界の裏側にあるものを隠しながら、しかしあなたはそれを指をくわえて見ているしかないということですね。私は知っているのですが。残念ながら、あなたはそれを見ることはできないのです」


 内容と連関は支離滅裂で、まるで脳内をうごめく言葉の群れのようだった。

 僕の頭の中にある言葉と円藤沙也加の似姿が好き勝手に溢れ出していく。


 それの言うことには何の価値も整合性も無いのだが、しかし僕には正解を示されたかのような納得と全能感を与えている。


「沙也加さんは」

「ええ。私にはすべてが視えていますよ。そう言えば幽霊坂、あそこで何か視ましたか?」

「視えなかったよ」

「そうでしょうね。かわいそうな世界に住んでいますね」

「そうかもしれない」

「あの辺りは昔から水場です。即ち、怪異が現れやすい立地なのですね。私も小さいころにあの辺りに現れた幽霊を退治したことがありましたよ。ことほど左様にですね、世界と言うのはあなたが気づいていないだけで、意外と面白いものなのです」


 それはきっと違うと思った。

 僕はこれまで、オカルトが現れないから世界がつまらない、と思ったことは無い。無いはずだ。


 だが、円藤沙也加の姿をしたソレが話すことは円藤沙也加では無く僕自身の言葉である。

 僕が思う円藤沙也加であり、彼女は僕が思う僕のことを語っている。


 僕の心の片隅には、そういう思いがある、ということになるのだろう。

 だが、納得はいかなかった。違うと思った。


「……沙也加さん」

「はい」

「なんでなんだ?」


 彼女がオカルトに関わるものであること、僕と違う視点と視線で世界とかかわっていたこと、それを黙っていたこと。

 僕が聞きたいことはたくさんあった。言葉と疑問が渋滞して、出力されたのはなんで、と言う言葉だけだった。


「果たしてそれを共有することが、真実、わかり合うということなのでしょうか?そもそも、わかり合う必要などあるのでしょうか。あなたが語ったこと、私が語ったこと、その理解がすれ違ってかみ合わないことだってあるでしょう。分かった振りをしたり、分からないと決裂したり。私たちは同じことを語らなくても、同じテーマを共有することが出来るのです。だから、あなたが私に問いかけるべきことはそれではありません。そうだな……もっとストレートでプリミティブな言葉じゃないですか?」

「例えば好きだ、とか?」

「何もかもを恋愛に結び付ける思考はどうかと思いますが、まぁ良いでしょう。つまりあなたが頭で考えていることが本当に沙也加に問いかけたいことでないことは分かりますよね?」


 僕と沙也加のあいだにあるズレ。価値観とか生活とか、そういうもの。

 それは問題の一部ではあるが、すべてでは無い。


 そのズレを埋めたいと思う自分と、埋めたくないという自分がいること。

 そういう矛盾した僕の感情にこそ問題がある。


 近づこうとしなくては物事は進まない。理解しようとする引力が無ければ何も起こらない。


 しかし、抱えているものをすべて解き明かしてしまえば失望が待っている。

 だから、僕は自問した。僕はこれからどうすればいいのか、と。


 たどり着きたい場所は分かっている。


 円藤沙也加ともう一度おしゃべりしたい。こちら側に引き戻したい。

 それは間違いない本心だった。しかし、そこに向かう過程において、確定してしまう物事が多すぎる。


 僕と沙也加とオカルトの間にあった緊張関係は、恐らく壊れることだろう。

 僕が好きだと思っていた彼女も、僕が好きだと思っていたオカルトも、これまでのように好きでいられなくなるかもしれない。


「では問いますが、このままにしたとしてオカルトを楽しめるのでしょうか?」

「それは」

「知ってしまった以上、あなたはもう前に戻ることはできません。私という存在はもう、あなたの一部になってます。……そうですよね?私が差し込まれたパラダイムを無視して、これまで通りに戻ることなんて出来ないのです。どっかで無理が出ますよ」

「このままが一番かもしれない」

「だったら帰ればいいのです。そもそもこんなところにまで来ないで、私のことも急にいなくなった変なヤツとして思い出にしてしまえば良かった。しなかったということは、それではいけないということです」

「これじゃいけない、って誰が決めたのさ」

「それはもちろん」


 あなたの心がです。


 沙也加はそう言うと、世界が暗転していく。

 夢の中の議論は何も解決させなかったし、楽しくも無かった。

 駄話をして時間を無駄にした、と笑うこともできない。



 ……ただ、偽物であっても、久しぶりに沙也加と話をできたのはうれしかった。


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