43.僕と事件のモチベーション
矛盾した用語だが、俺たち
だから辞書には載ってない。
簡単に言っちまえば人間の想像したものごとが外に出力される現象だ。
分かりやすい例は祟りだな。
例えば
宇多天皇に仕えた大臣だが、周囲の恨みを買ってでっち上げの罪で地方に流されちまい、そこで無念の内に死んだ人物だ。
その道真の死後になって、そいつを陥れた連中が相次いで死亡した。
……当時の京都じゃ疫病が流行ってたという記録が残ってる。
つまり普通に考えれば病気が原因だ。
決して道真の無念やら怨霊やらが引き起こしたわけじゃ無い。
が、そうは考えなかったヤツラがいる。
誰かって、他ならぬ道真を陥れた連中だよ。
『自分たちは報復されるに値する存在だ』と自分自身で認めちまったんだな。
認めちまうことで『菅原道真の怨霊』が生まれる。
これが架空存在だ。
後はトントン拍子だよ。
人によって解釈は違うが、鴨川の増水や
なぜそうなるのか。なんで人間の想像が現実に出力されるような状況が起こるのか。それについても人によって解釈が分かれるところだ。
けどもまぁ、この世界にあまねくものはすべて原子と電気の動きだろ。果たして人間の想像したものと、現実に存在する物質。これらに本当に違いがあるのかね?
科学の領域では人間が見る幽霊やら幻覚やらは脳が特定の電気信号を受け取った結果見るものである、とする説もある。
外界から受け取った刺激が脳内のイメージになり、それが世界に逆流して実体化する。……もしかしたら、そういうことがあっても可笑しくねえだろ。
イメージを受け止める器についても所説あるんだけどな。
空気中に脳内の電気信号を受け止める触媒―――エーテルとかアストラルとかプネウマのような存在があるんじゃないか、とか、集合無意識に働きかけて多くの人間が同じ怪異を見るんじゃないか、とか。
坂田はひたすら、僕に対して架空存在なるものについて解説を続けた。
その話には、そこはかとない既視感があった。
いつか、沙也加とこの話をしたような気がする。
二人で靖国通りから神保町を歩いた時だったか。
しかし、その時と現在とがまるで接続しない。まるで現実味が無い。
僕はなぜこんなところにいるのだろうか、と疑問に思った。
もちろん、自分の意思でここまで来たからだった。
沙也加がいなくなって、沙巫からヒントを貰って、たどり着いた先で坂田と出会ったから。
……違う。
そういうことでは無いのは分かる。
今に至る事象に連続と必然があるか、などと言う話では無い。そんなことでは無い。
そもそも、僕と彼女が立っている場所が全く違うものであった、という事実が問題だった。
僕が思っている彼女と、坂田から聞く円藤沙也加という存在に
僕はその事実にショックを受けている。
勝手に他人にイメージを投影して、違うからと失望する。
そんなことは恥ずべきことだと理解していた。
だが、この自分勝手な感情を抑えることが出来なかった。
「―――基本的に多くの人間のイメージによって成立するのが架空存在だがな。時たまいるんだ、個人で他人にイメージを伝播させられるような、強い電気信号を放てるヤツが。そういうヤツを架空存在使いと呼んでる。そういうやつらが使うのは大体が妖怪、天使、悪魔、神々とか―――ああ、陰陽道はちょっと分かるんだろ。だったら式神なんかはポピュラーな例だな。そういう存在をイメージし、現実に出力させることが出来る。だが今回の例はちょっと特殊だ。なにせ―――」
「文字とか、歴史だからですか」
「……おう。呑み込みが早いじゃねぇか。つまり現実に出力するコストが、妖怪やら宇宙人やらに比べて低い。車ん中で見せた札があるが、アレに近い。あれらは文字ではあるが単なる文字じゃねぇ。二次元の上に定着されたインクだけじゃねぇんだ。その上に、さらに連中が構築した架空存在が乗っかってる。それを視認することで、術者の狙いが完遂されるってわけだ。はるかな過去へのロマン、それを共有することへの帰属意識、他人への優越、あるいは痛みを和らげるような興奮―――そういうものを、心の中に植え付ける呪詛だ」
「……僕と沙也加も、それにやられたんですね」
「ちょっと違うな。円藤にそういうのは効かねぇ。多分正気だぜ。いまも呪詛にやられたフリをしながら中に入り込んでるんじゃねぇか。ただ、入り込んだはいいが手に負えなくなったってだけだ。お前は――――一応聞いとくが、『ちよろずのつどひ』と接触した時、どういう状況になった?」
坂田の問いに、僕は自主祭で彼らの発表を見に行った時の前後の状況を伝えた。
途中から記憶が途切れ、大久冥の声と言ったことが思い出せなくなった。
気が付けば校舎内を朦朧として歩き、翌日から高熱が現れた―――そう伝えると、坂田は「ああ」と納得した様子を見せた。
「知り合いの陰陽師モドキの手口だわ。ア―シャ・ミッチェルって名乗ってる輩で、そいつも神代文字系の架空存在使いだ。神代文字には神代文字を、ってところか?恐らく連中のお前への呪詛を別の神代文字で打ち消したんだろうな。お前の記憶障害やら昏睡やらはそれが原因じゃねぇかな。つーか円藤の阿呆、アレに頼るなんて何考えてやがる……」
坂田はア―シャ何某という僕の知らない第三者に対する恨み言を呟く。
僕はと言えばまだ感情の整理がついていなかった。
しばらく、坂田のつぶやく姿を他人事のように眺めた。
やがて坂田は深いため息とともに再び僕に意識を向けてきた。
「そういうわけだ。お前もそれなりに円藤からレクチャー受けてアシスタントみたいなことをしてたんだろうが……素人が突っ込めるのはここまでだ。だからア―シャの野郎に頼ってお前をこの件から引かせたんだろうよ」
坂田は諭すような口調で言った。
彼は勘違いしている。僕は沙也加のアシスタントなどした覚えはない。
沙也加がしているアルバイトの実態について、聞いたことも無い。
沙也加は正真正銘、僕の友達でしかなかった。
「……分かるよ。円藤が心配なのも、中途半端なとこで放り出されても気持ちが悪いのも。ここまで付いてきたんだ。言っとくが結構認めてんだぜ。根性あるよ。だからこそ、ここで止まって欲しいんだよ。後は俺に任せろ」
な、と言うと坂田はサングラスを取って僕の瞳を見詰めた。
彼は何一つ分かっていない。
僕がここまで来たのは、確かに沙也加が心配だったからだった。
だが、沙也加が非現実の住人であることを知ってここまで来たのではないし、そういう事件に首を突っ込むために来たのでもない。
僕の心にあるのは、どちらかと言えば失望だった。
同じ場所に立っていたと思っていた沙也加が、まったく違う地平に立っていたという事実への感情。
憤り、悲しみ、嫉妬……そういう感情がないまぜになっていた。
沙也加が目の前にいたらこの感情をぶつけていたかもしれなかった。
もちろん、これが恥ずべき感情であることは承知の上だった。
その自覚が、なおさら感情の行き場を失わせている。
結局、僕はどうするべきなのだろうか。
いずれも、僕がこれ以上この件にかかかわることを止めようとしている。
では、僕は。
僕はどうしたいのだろうか。
積極的に事件に関わりたいのか、そうで無いのか。
円藤沙也加に会って、何かを伝えたいのか、そうでないのか。
『ちよろずのつどひ』と対決したいのか、そうでないのか。
理由や必然性はすでに存在しない。いや、最初から存在などしていなかった。
それは分かった。常識的に考えるなら、僕はこの件に関わるべきでは無かった。
沙也加や坂田がそう言うからでは無い。
僕はオカルトを楽しみたいのであって、オカルトに関わりたいのではなかったのだから。
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