42.僕と幻想の終わりと始まり
坂田という男は非常に厳つい見た目と口調をしている。
しかしその外面に反して、面倒見がいい部分もあるようだった。
ヤンキー気質、と言うことかも知れない。
二人して向かい合いながらルームサービスで取ったハンバーグを咀嚼している。
夕食代を支払おうとしたら「いらねぇよ。俺が奢るに決まってんだろ」と突っぱねられた。
断る理由も無かったので好意に預かることにした。
テレビでは先ほど貰ったDVDを再生していた。
投稿されてきた心霊動画の合間に、スキンヘッドにサングラスを掛けた男―――坂田が実際に現場検証したりインタビューする様子が映し出されている。
彼がプロデューサーをやっていたというのは本当のことのようだった。
「ああ、これは偽物だったな。お蔵入りになったけど検証ロケやったらただのゴミでよ。幽霊の正体見たりゴミ袋ってヤツだな」
「これは本物な。スタッフが霊障起こしちまって、オクラにするかどうか会議した結果、一部カットして収録することにしたンだわ」
と言う風に、横でいちいちオーディオコメンタリーまで入れてくれた。
僕もこうした動画は嫌いでは無かったので「そうなんですね」「へぇ」などと相槌を入れると、坂田はますます気をよくして色々と語ってくれた。
「要はさ、祭りをやるわけだよ」
そうこうするうちに、坂田はついに今後の予定を話し出した。
『ちよろずのつどひ』とどのように対決するのか、ということについて、坂田は驚くほどあっさりと明かした。
テーブルの上には空になった缶ビールが4本ほど並んでいて、彼の手には五本目が握られている。
アルコールが入った当たりから、彼の口はどんどんと軽くなって行った。
僕は一本しか飲んでいないのでまだ正気を保っている。
「あの連中の本質はカルトだ。宗教とかコミューンとかエセ医療とか、そういう要素がちゃんぽんされてる」
「古代史の研究サークルじゃないんですか?」
「それも入ってるがな、連中の一面でしかねぇ。歴史とかナショナリズムに惹かれるヤツを集めるための建前として利用してるに過ぎない。……実際、俺も文字のコピーを見たがな。モノ自体はカタカムナ文字の変形と言うか、簡略化した改変みてぇなものだった。つまり、古代文字らしく見える記号であれば何でも言って寸法だ。文字自体に古代人の思想が込められてるとかいうアイディアにしろ、原点だと主張する古文書の内容にしろ、全部どっかで見たことのある要素の組み合わせだ」
テレビから甲高い悲鳴が上がった。坂田が持ってきていたDVDで、動画のワンシーンに映った白い影を拡大している。
若い女性のナレーターが『この影はひき逃げの被害者の無念が実体化したモノだとでも言うのだろうか……』という何を根拠に行っているのか分からない解釈を施してその動画に関するコーナーは終わった。また次の投稿動画が始まる。
「ようはそこじゃねぇんだよ。詳しい検証をすればそいつが偽物であることは分かっちまう。ここで問題にされてるのは真偽でもなければ歴史でも無い。言うなれば……そうだな、接続している感覚っていうやつなんじゃないかと思う」
「接続、ですか。何と?」
「真実とか歴史とかあるいはコミュニティと、だな」
「それを問題にしてるわけじゃないって今言ってましたけど」
「大事なのはそれらと接続しているという実感であって、それそのものじゃねぇってこと」
接続しているという感覚。
坂田が言ったことを口の中で繰り返した。
事実であるか、真実であるか、交わされる言葉に妥当性はあるのか。
そういうことを抜きにして、つながっていると思い込むことに意味がある、と言うのだろうか。
……だとするなら、それは友情であったり恋愛であったりとそう違いが無いことになる。
一般社会で、よいとされる価値観の延長線上にある繋がりだ。
「人は大きな物語にアイデンティティを求めるってヤツだよ。戦前であれば国家、戦後であれば自由経済や共産主義……てな風にな。ところが現代じゃそんなモンは存在しねぇ。強い人間には生きやすい世界だろうが、その他大勢には生き辛い世界になったってわけだ」
坂田はビールをぐい、と煽ると缶を空にしてテーブルに置く。
「誰もが信じられる基準ってものがねぇんだ。そこにカルトの付け入るスキがある。……だからだよ。祭りをやるんだ、連中は」
「その、祭りというのは」
まさか文字通りのものでは無いだろう、と思う。何かの比喩だろうか。
「文字通りのものだ。人を集める、合宿と言う名の洗脳まがいのセミナーを行う、最終日には自分たちは大きな物語に接続しているという確信を得るために祝祭を行う」
坂田は立ち上がると「ちょっとまってろ」と言ってカバンをあさり始めた。
持ち込んでいた黒革の旅行鞄から書類ケースを取り出し、僕に寄越す。
「一枚目が例の祭りの案内だ。……ああ、妙な呪いはかからないようデコードしてあるから安心しろ」
坂田の冗談ともつかない言葉に笑みを返しつつ、受け取ったポスターを眺めた。
これまでの例にもれず、赤、青、黄色、緑……色とりどりの模様と文字が躍っている。しかし、これまでのように前面に推しだしているというのでは無かった。
大久元神社例大祭 つなげよう!感謝のWA!フェスティバル
そういうタイトルに合わせて、装飾のように文字が使われているだけだった。
ポスター全体の絵柄は青空と雄大な富士山が臨める草原の上で、張り付けたような笑顔の男女が手を繋いで立っているというものになっている。背景にはつい先ほど訪れたビルが見えたので、あの施設の敷地内で撮影されたものなのだろう。
その下にはプログラムが記されている。
有機野菜や、それで作られたジャム、ピザなどを販売する出店と、彼らが学んだことを発表するワークショップを企画している、ということだった。
おおむね、自主祭のプログラムとそう違いがあるようには思えない。確かに胡散臭くはある。しかし、直ちに実害がある組織なのだろうか?
「……いまいちわからないんです」
「今度は何が?」
「彼らの危険性が」
「危険性、か」
はい、と僕は言葉を続けた。
「確かに自己啓発じみた胡散臭さはあります。セミナーにどれくらいお金がかかるのかは知りませんが、きっとそれなりのお金が取られたりするんでしょう」
「ちなみにこのポスターには書いてねぇが、参加費用は20万ほどだぞ」
結構な金額だった。決して安くは無い。
沙也加はそれだけの費用を払ったことになる。
「でも、だとしても。沙也加があそこに取り込まれてることとか、僕が昏睡したこととか、そういうことについて繋がりがあるようには思えないんです」
自己啓発セミナーの中には自己否定や他社との関わりを通して事故変容を強要するものもあると聞く。
だが、それにしても即効性があり過ぎる。沙也加はいつのまにかいなくなり、僕は記憶があいまいになった。
カウンセリングやセミナーでの啓発の延長と考えるにはあまりに効果があり過ぎるのだ。
「……もしかして、薬物、とか」
脳裏に浮かんだ可能性の第一はそれだった。
あの会場で何らかの薬物を盛られた可能性。会場ではお菓子やお茶がふるまわれていた。そこに何かよからぬものが混ざっていた、という可能性はある。
「薬物ねぇ」
坂田の声は冷ややかだった。
煙草を吹かし、どこか遠くを見るようなしぐさをする。
「まぁ、確かにカルトが薬物を使うっていうケースはある。何故かと言えばトランス状態を引き起こすためだ。ビジネス向けでもスピリチュアル向けでも『自分を変えたい』ってやつは一定以上いる。その手段としての薬物はザラだが……今回はそんな簡単な話じゃねぇ」
「簡単って」
「司法や世論に訴えればボロが出るから、解決するにあたっては簡単だよ。もちろんどっちにも顔が利く有力者が元締めやってる場合は変わってくるがな」
だが、と坂田は続けた。「この場合は違う」と否定する。彼は僕の瞳をじっと凝らして見つめた。僕はその視線に困惑したが、なぜだか反らすわけにはいかないように思えた。
同時に、僕は彼の言おうとすることを『聞きたくない』と思う気持ちがあった。
何故だかは分からない。直観でしかない。
だが、彼の言葉を聞いてしまったら、そうすると僕にとって大切な何かが失われてしまうという予感があった。
焦土のような現実。
坂田が語ろうとすることは、僕にひとつの解決と解明を与えてくれるはずだった。
同時に、僕に現実を突きつける類のものでもあるはずだった。
僕は0を否定したいのではない。
僕は1を証明したいのでもない。
何もかもが平等に、可能性として並んでいる状況に安息を感じている。
男の言葉は、その安息を破壊するものだと感じ取れた。
……思えば、ヒントはいくつもあった。
沙也加は色々な出来事を匂わせていたし、色々な物事や状況を僕の前に提出していた。
アルバイト、円藤家、怪しげなサークルと対決しようとする態度。
色々な出来事を、僕に対して隠しながらも見せつけてきた。
僕はそのことごとくを無視してきた。
沙也加も、そんな僕の気持ちを汲んだのかそれ以上踏み込んでは来なかった。
だが、坂田はそんなことは知らない。
僕がどういう人間なのか、僕と沙也加がどういう関係だったのか、僕と沙也加の間にあった、不問律のような微妙な関係など、何も知らないのだ。
「要は、やつらが構築した架空存在にやられたんだよ。―――ああ、こういって分かり難けりゃ呪いでもいい。怪異を意図的に作り出し、それを使役するもの。そういうものが、俺たち退魔師の対決してる連中ってわけだ」
呪い、怪異、退魔師。
僕は坂田の言葉を反芻した。いずれも意味は分かる。その言葉の連なりが僕に突き付けてくる現実もまた、どういうものであるか分かる。分かってしまった。
つまり坂田比良金という男は退魔師であり、円藤沙也加もまた退魔師―――つまり、現代に実在するオカルトに携わるものである。
僕と彼女が曖昧にしてきたものが、実在するものとして突き付けられていた。
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