41.僕と坂田の世間話
黒い車に反して、車内は赤一色で統一されている。座席も天井もすべて同じ色だった。派手好きと言うべきか、趣味が悪いと言うべきなのか迷ってから、内装については何も言わないことに決めた。
座席周辺には様々な飾りが付けられていた。
フロントミラーには『鬼切勝守』と刺繍されたお守りが吊り下げられているし、助手席の前には破魔矢が括り付けられている。
エアバッグが格納されているスペースには複雑な模様の札が張られていた。
上半分には丸が並び、それが星座のように線で結び付けられている。
下半分は人間の内臓を表したかのような曲線が並んでいる。呪術の本で見覚えがあった。
「……陰陽道ですか?」
「おう。いわゆる
いまいち意味が分からない。何の試作品なのだろう。
「要は俺たちの仕事ってのは納得がすべてだからよ。本当に効くかどうかってのはそんなに大事じゃねぇ。効くと思ってもらえるかどうかなんだな。そうなると、こういうパフォーマンスも重要になってくる」
坂田はそう言うと懐から煙草を取り出し、火をつけた。
車内に煙とにおいが充満する。
やや面食らったが、何も言わなかった。
ここは彼の車であり、僕は招かれたものだった。
「そんで?」
「何でしょうか」
「最初の問いだよ。なんでここまで来たんだ?円藤を追ってきたのか?」
「……はい」
僕はひとまず、彼の言葉を認めた。
聞かなければならないことがたくさんあった。
何者なのか、なぜ沙也加がらみのことだと彼は知っているのか、僕の名前は知っている、というのはどういうことなのか、『ちよろずのつどひ』とどういう関係なのか。
「それじゃ無駄足だな。あいつ、ミイラ取りがミイラになりやがった。正確に言えばミイラに囲まれて身動きが出来なくなった、か。アホらしい。んでまぁ、しょうがないから俺にお鉢が回ってきたってわけだ」
「はぁ」
坂田は僕が事情を知っている体で会話を続けた。もちろん、僕は何も知らない。相槌を打つことしかできない。
「分かるか?お前の出る幕じゃねぇってこと。まぁこんなとこまで追いかけて来た執念は認めてやるけど」
坂田は言うべきことは言った、という様子でそれから黙って建物の方に視線をやった。僕も何を聞くべきか、聞いていいのかを迷って黙ってしまった。
「どうしてこんなところで張り込みみたいな真似をしてるんですか」
結局、僕が聞いてしまったのはそういうどうでも良い質問だった。
「真似じゃねぇ。張り込みだよ。なんか可笑しなことが起きねぇか見てるんだよ」
おぼろげに状況が見えてきたような気がする。
坂田という男は探偵か何か。おそらく、沙也加も同じような仕事なのだろう。
沙也加の言っていた不定期のアルバイトとはこれなのではないか。
だが、沙也加は『ちよろずのつどひ』に取り込まれてしまった。
だから坂田が助けに来た……ということだろうか。
「あー……暇だな」
「はぁ」
「あ、そうだ。お前さ、円藤と知り合いってことはオカルトマニアなんだろ」
唐突かつ妙な決めつけだった。
しかし否定もできない。実際、趣味が共通しているから友人になったようなものだ。
「んじゃさ、これやるよ」
そう言って運転席前の物入れからDVDケースを取り出すと、僕に手渡してきた。
投稿物のホラーDVDだった。黒いパッケージの中央で口を大きく開けた女がこちらに腕を伸ばしている。タイトルはおどろおどろしい装飾で溢れていた。
「俺がプロデューサーやってたシリーズのDVD。これは1巻目な。俺はもうフリーになったから関わってねぇんだけど、後輩が最近新作出したんだよ。良かったらも見てくれ」
目の前の男の仕事が良く分からなくなってきた。
探偵かと思えばホラーDVDの元プロデューサーだったと言い出す。
「……今もカメラ回してたりするんですか」
「あ?回してねぇよ、流石に」
男は否定すると、再び前に視線を戻した。手持無沙汰になって手渡されたDVDパッケージを弄んだ。
裏面に書かれた煽り文やキャプチャを見てみたが、特に需要な情報が記載されている様子も無い。
どういうことなのだろう、本当に。
それからも男が思い出したように話題を振って、途切れてというようなやり取りが続いた。
内容は円藤沙也加に関するものだったり、そうで無かったり、オカルト関連であったりした。
やり取りをするたびに、僕はこの男がどういう立ち位置なのかが分からなくなっていった。
そうこうしている売りに時間は過ぎていき、いつのまにか日も傾きだしてきていた。建物に関連した異常は起きていない。
結局、僕はこのよく分からない男と半日くらいあまり盛り上がらない会話を続けていたことになる。
「お前さ、ホテル取ってるの?」
先ほどまでと同じテンションで繰り出された質問に、僕はしまった、と思いながら「取ってませんね」と答える。
当初の予定ではここからまたタクシーにのって御殿場周辺まで戻り、マンガ喫茶にでも泊まろうと思っていた。
「んじゃ丁度いいや。俺が泊まってるホテル来い。勝手なことしないように監視してやる」
結局、そういうことになった。言うなり、坂田は車を出した。
遠ざかる建物を見ながら、僕は額を抑えた。妙なことになってきている。事態が進んでいるのか、遠ざかっているのか。僕には判別が付かない状況が立ち現れている。
外を見れば富士山が赤い夕陽に照らされていた。綺麗な風景だと思う。
同時に、真黒な影として威圧する様はグロテスクにも思えた。
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