37.僕と剣の旅の始まり


 小杉駅から電車を乗り継いで2時間ほど。

 それだけの時間を掛ければ僕はその施設へと行くことが出来る。


 家族には明日から友達と旅行に行く、と告げた。

 驚かれたし、ええ、と言う顔もされたが、説得自体は出来た。

 女友達と一緒にちょっと旅行に行く、という嘘をついたところ、何かを得心したような笑みを浮かべて承諾してくれた。


 そのままリュックに最低限の荷物を詰め込む。


 朝五時に眼を覚まし、荷物を詰めたリュックサックを背負って家を出た。

 少し早く出たのは、円藤邸に寄り道がしたかったからだ。

 沙巫には前日に連絡をした。朝早くから出向いたのは沙巫すなふからの提案だった。


 もう三度目になる仙台坂を登り、円藤邸へと向かう。

 沙巫すなふが門の前で待っていた。

 挨拶もそこそこに家の中へと入り込む。まるで忍び込むかのように、そろそろと家を歩いた。


 向かう先は沙也加の部屋だった。

 非礼は承知で、沙也加の部屋を見せてほしい、と頼んだからだった。

 沙也加の現状について、なにか手がかりが無いかと思ったからだ。


 沙巫は当初、逡巡と言うか、迷っていた。

 当然だろう、と思う。僕も聞き届けられるとは思っていなかった。

 あまりに失礼というか、本当に犯罪的な行為だと思う。

 だが、もはやすがれるものにはなんでもすがりたい気持ちがあった。


 沙也加はいろんな本を集めている。神代文字がどうの、というような書籍も蔵されているはずである。少しでも予備知識を付けておきたい、と言う思いがあった。


 果たして、部屋にいる間は沙巫が僕を見張る、という本当は何の解決にもなっていないような提案をして承諾した。


 沙也加の部屋にたどり着く。

 鍵はかかっていない。

 入ると、以前と寸分違わない様子だった。

 相変わらず書棚は圧倒的な雰囲気を持っていたし、和洋折衷の趣ある空気がにおい立つように鼻孔をくすぐった。


 本棚を探って、彼女が神保町で購入していた本を見つける。偽書がどうとか、カタカムナがどうとかいう本である。

 僕は文庫サイズのそれを二冊取り出して、ネットで調べる。電子版を購入して道中に読むためである。……流石に、沙也加の部屋から持ち出す気は無かった。


 他に何か役に立ちそうな本は無いか、と探っているのを沙巫は後ろめたそうに眺めている。


 ……少し、疑問に思うことがある。

 沙也加がカルトまがいの組織に入っていることは知っているはずだ。

 セミナーに参加した、という情報を送ってくれたのは沙巫すなふなのだから。

 だとするともっと大事になっていないとおかしい。


 いくら沙巫がそういう話が嫌いだと言っても、家族がカルトにはまったりすれば色々と調べたり警察に届けたりするはずである。

 そして、そうであるなら僕が現地に向かうなどと言う軽率な行動をとることは止めるだろう。


 沙巫はそうはせず、われ関せず、というような行動をとっている。それがなんだか違和感をもたらしている。


 ……もしかしたら、もう動いているのかも知れない。

 こうしてこっそり入り込んでいるのは、もしかしたら絹葉女史に勘付かれないために手引きした、と言う可能性である。


 あるいは、こういうのはどうだろう。

 実はこの家自体があのカルトの信者の家で、彼女は初めからその一員で、僕を会員なりなんなりにさせるために一丸でグルになっている、とか。


 ここまで来ると陰謀論が過ぎるかも知れない。

 だが、この家は……歯に衣着せずに言うならば、少し変だった。

 沙巫も絹葉女史も、沙也加も。


 普通の家、という言葉が無神経なワードであることは承知している。

 何が普通なのか、という定義も定かでは無い。

 だが、それにしても妙な空気が漂っている。


 沙巫は物憂げにそこに立っているだけだ。

 僕がそういう疑いをさしはさんでいることに気が付いている様子は無い。


 以前の、と言う言葉を思い出す。

 その言葉を聞いて直観的に千里眼を連想したが、もし彼女が、いわゆるサトラレ的な存在で、僕の心が視える、という意味なのだとしたら話は変わってくる。


 沙巫の様子は何も変わらない。

 想像が過ぎたな、と頭を掻く。いくら何でも飛躍している。


 僕の連想は本気では無い。こうだったら面白いのに、という空想に過ぎない。


「……ありがとう。そろそろ行くよ」

「どうでした?なんかヒントになりそうなものとか見つかりましたか?」

「うん。沙也加がどういうことを考えていたのか、道中で考えながら行くことにする」

「だったらよかったです。……あの、サヤちゃんの部屋に忍び込んだのは内緒で。やっぱあんま良くないっすよ」

「ああ。沙也加が帰ってきても何も言わないことにするよ」


 そうして、部屋を出ようとしたのだが、ふと、別のことがまた気になりだした。

 以前、沙也加の部屋に来た時に起きた妙な昏睡事件。

 あの引き金になったように思える、あの短剣。


 視線で部屋を物色すると、例の長持ちは相変わらずそこにあった。

 「最後にもう一つだけ」と僕はどこかの警部のような言い方をして木製の箱の前にしゃがみ込む。重い蓋を持ち上げて、中を覗いた。


 世界から取り残されたように、短剣はそこにいた。

 それを再び手に取って、握りしめる。

 

 僕はそれを持っていくことに決めた。

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