30.ターニングポイント

 その後も出店を一通り見た。

 世界各国を旅行する探検部なるサークルが集めた香辛料で作った探検隊カレー、相撲部のちゃんこを一杯ずつ買って、二人で分け合った。


 カレーは意外と辛く、複数の香辛料が絡み合った複雑な味をしていた。市販のレトルトやル―だけではこんな味は出なさそうだった。


 ちゃんこは意外と色々な具が入っていて、下手な店よりおいしいかもしれない。

 この二つのメニューは沙也加が推してきたものだった。


「去年参加した時もこの二つはおいしかったですし。セキくんが目を付けてなかったのは意外ですけど」

「名前くらいは聞いてたよ。探検カレーなんかは独特な名称してるし、ポスターも目を引いたし。でもかなり並んでたから面倒になっちゃって」


 それでも今年は並んで食べた。沙也加が隣に居たので列に並ぶことがそう退屈には思えなかったからだった。


 二人で木製のベンチに座りながら食べる。いつもながら、沙也加が何か物を食べているのを見ているとハラハラする。

 高価そうな服を着ているので、こぼしたり跳ねたりしないかがつい気がかりになる。特にこうして、テーブルが無い状況などは猶更だった。

 しかし沙也加は僕の心配をよそに、器用にカレーを口に運んでいる。

 

 自分も担当になっているちゃんこの具を箸ですくって口に入れる。

 もやしと豚肉に豚骨スープが絡んでおいしい。秋風にさらされた身体に染み渡るような味わいだった。


 喧噪はなおも増していた。

 誰も彼もが何かを話している。何かを食べたり、楽しそうに動いている。そういう光景の中にいると、やはり妙な疎外感を感じてしまう。


 どうしてなのだろう。

 別段コンプレックスがあるわけでもない。

 楽しそうな他人を見てイラついたり、自分の惨めさを思ったりするわけでもない。それなのに、こうも心がかき乱されるようになるのはなぜなのだろうか。


「もし、さ」

「はい」

「こういう、楽しい集まりだって、いつ無くなるか分からないって思うと、僕はつい寂しい気分になるんだよな」


 強いて言うのなら、こういう言葉になるように思える。

 素晴らしいと思うからこそ、失う時のことを思ってしまう。


「なるほど……例えば、そう、政府が国民の自由な集会や意見を規制するディストピアが訪れたり、とかですか?」

「まぁそういうのもあるな。あとは人類の数を減らすためにウィルス兵器が散布されるとかね」

「ケムトレイルですかね?」


 ケムトレイルは飛行機雲に関する都市伝説のひとつだった。簡単に言えば、飛行機雲とは飛行機から有害物質を散布した痕のことであり、航空会社は人類を減らす計画に加担している……というようなものだ。


「あれは有害物質でしょ。でもまぁ、それとか放射線で街に住めなくなるとかさ。そうなったら僕らがこうして集まってどんちゃん騒ぎをするわけにはいかなくなる」


 楽しければ楽しいほど、僕はそういう感情が沸き起こる。

 僕らに残された楽しい時間がどれほどなのか、というわけも分からない焦燥。


「どうでしょうかねぇ……ペストって知ってますか?」

「えっと、ヨーロッパで大流行した疫病の?」

「鳥みたいなマスクをみんなして被ってたというアレです。ヨーロッパではペストの大流行によって、街中でお祭り騒ぎをやった記録があるそうですよ」

「それはまた、どうしてさ」

「人が死に過ぎて参ってしまったからです。悲劇的な出来事が重なり過ぎると人間の心は耐えられないものなのかもしれません」

「そういえば、幕末のコレラ流行の時も踊りながら札をまき散らして行進したんだっけか。『ええじゃないかええじゃないか』って言いながら」

「有名ですよね、ええじゃないか。あ、あと『半地下の家族』は見ました?」

「アカデミー賞取った韓国の?」

「ええ。川の氾濫が起こって地下壕跡地に作られた貧民街が水浸しになって体育館に避難するって描写があったんですけど、その避難先でみんなして歌……多分カラオケ大会みたいな感じですかね?楽しそうに騒ぐシーンがありました」

「日本だと考えられないな……いや、違うか。その人たちはそれに慣れちゃってるんだな」


 もしこの街に人が住めなくなったり、あるいは集会が禁止されたり、僕らが当たり前に享受しているものが無くなったり。そういうことが起きたとして、だとしても意外と慣れるものなのかもしれない。


 慣れたうえで、また新たな楽しみとか享楽を生み出していくのだろう。そうでなければ、人間と言うものはとても生きてなどいられないのではないか。


 ―――そうして引き起こされる結果がどういうものかは別にして。


「なのでまぁ、無くなることを恐れて生きても仕方がありません。いつか無くなるかもしれない、と心に留めておきつつ、普通に生きるのが健全でしょう。セキくんのその感情は至極まっとうだと思いますよ」


 えらいえらい、と彼女は頭を撫でてこようとしたので払いのける。

 そんな投げやりに褒められてもうれしくもなんとも無い。





 ……別段、そのことが何か影響を与えたということは無いと思う。

 後から振り替えってみても、なんということのないいつものやり取りだった。

 だが、彼女の手を払いのけたことを少しだけ後悔している。


 その日から、円藤沙也加と連絡が取れなくなったからだ。

 理由ははっきりしている。

 彼女は古史古伝研究会と呼ばれるサークルに入会し、僕はそうならなかった。

 そういうことがあったからに他ならない。

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