雑談①超能力について

 僕は書店を見て回るのが趣味なのだが、精神世界のコーナーに行くとついつい、心惹かれる。

 そしてそれは他のジャンル―――文学、歴史、科学などと言ったものへ感じるそれとは、やや違うもののように思える。

 知的関心というよりは、憧れに近い感情であった。


「何への憧れです?」


 僕の告白に円藤沙也加が聞いてきた。


「うまくいえないな。オンリーワン。自分だけのもの、物とか金銭には無い、自分だけの能力―――とか。そういうものに憧れてるんだろうと思うんだけど、うまく言葉にできない」

「おやおや。前々から思ってましたがセキくんったらカルトにハマる適性が高そうですね」

「そうかな」

「そうです。こういった感情は宗教が中心にある世界にあっては信仰心、ニューエイジ世代にあっては精神の豊かさへの希求、現在にあっては厨二病と評されるものでしょうが。とにかくそういった感情は常に一定の人が持つ物と言えるでしょう。セキくんも例に漏れぬというわけです」

「そういうサヤさんはどうなのさ」

「……いかにも。私にもあります。霊能力とか千里眼とか欲しいですよね。私見えるんですぅ、なんて言って人の気を惹いて見たい物ですが、見えないので今のところ出来てません」


 沙也加は皮肉たっぷり、といった感じでそういった能力への憧れを語った。


「私も同類だったとして、しかしセキくんが危険ということに代わりはありません。というわけで私とそういう迷妄に惑わされないよう修行を重ねるべきと言えましょう」

「うさんくさいセミナーみたいになってきたね」

「これは人類全員が共有すべき合理的真意から導き出された解です。この解、今ならなんとパンケーキとアイスコーヒーLサイズによってセキくんにも伝授することが出来るのです」


 どうですか、と沙也加はいたずらな笑顔で迫ってきた。

 いつもの彼女の詭弁きべん、 ないしは怪しいカルト的ななにがしかへのパロディであろう。僕は苦笑しつつ、呼び鈴を押して店員を呼んだ。


 彼女の分のパンケーキとアイスコーヒーのおかわり、それと僕の分のアイスコーヒーもついでに注文する。


「と、言うわけで入会ありがとうございます。とりあえず後で合理的真意の解が書かれたUSBを送付しますね」

「いやいらないけど。投資で儲かるソフトと宗教の合わせ技とか全部盛りにもほどがあるよ」

「なんだ残念。私渾身の文面を送りつけてやろうと思っていたのですが―――まぁ、それをともかくするにしてもですね。オカルトという虚業において、ここで取り扱われるものはやはり虚物きょぶつでなくてはならないわけです」

虚物きょぶつ?そういう言葉があるの?」

「今作りました。多分国語辞典を見たら別の意味が書いてあると思います」

「まさに虚言きょげんだな」

「いい感じに落とさないでください。と、さらにそれをともかくして。私が言いたいのは、心の分野における虚物とは、思考や信仰といった精神的、かつ抽象的なものとなるわけです。そうなると話は変わってきます。例えば何らかの技術を手に入れる―――そうですね。例えば簿記なんかがあるでしょう」

「あるね」

「あれなんかはまさしく一定の方法論を知識として身につけるというわけです」

「でもそれにしたって抽象的というか、思考の範疇に則ったものにならない?」

「そのとおりです。しかし簿記という資格は非常に応用が効きます。少なくとも簿記の技術を持っていることで会社の会計やらなんやらをすることが出来るのです。応用が利く、ということはつまりそれだけ多くの人に認められている技術とも言えます」

「ふむ」

「しかしながらオカルト界隈の虚物は一定の人にとってしか価値と意味を持たないのです。少なくとも当人にとって納得にたると感じられればよい、と」

「えっと、技術として認められないってことでいいのかな。つまり、オカルトにおける特殊能力みたいなものは一定の方法とか法則に則っていない、と」

「まぁそんな感じです。いわゆる疑似科学ですね。例えば私がいまから円藤流簿記という資格をセキくんに与えます、と言い張ることは出来るわけです」

「わぁい。円藤流簿記有資格者第一号だ」

「おめでとうございます。さて、しかしこれで喜ぶのはセキくんと私だけです。実社会で円藤流簿記の資格について語ったりしたら、もうこれは放送禁止用語ですよ」

「そうだね。確かに放送禁止用語だ」

「つまりそういう類いの物があの手の精神世界の技術本である、というのが私の解釈です。ちなみにこれも私の解釈に過ぎませんのであまり余所で垂れ流すのはおすすめしませんよ」


 そうこう言っているうちにパンケーキとコーヒーがやってきた。

 店員は怪訝な顔をなんとか隠しながら配膳している。

 放送禁止用語の真似事とて往来でやればすなわち放送禁止用語なり、と。鴨長明もよく言った物である。


「でもさ、神秘体験とか手かざしとかだって特定の方法や行動で呼び覚まされるものなんじゃないのかな。あれも一つの技術と言えないことも無いように思えるんだけど」

「確かに伝統的、あるいは新興宗教における修行というものも特定の法則に則って肉体や脳を変容させる物という見方もできます」

「呼吸とか、精神統一とかね」

「暗闇の中でずっと目をつむっていると不意に光が現れる……という現象を悟りや神秘体験と解釈する宗教も多いですね。ああいう神秘体験は方法さえ知っていれば意図的に引き起こすことの出来る科学といえます」


 沙也加はコーヒーを一口のむと、ですが、

と続けた。


「私はそういう技術と宗教的な超能力を分ける一線がある、と思っているのです」


 沙也加の目は真摯だった。いつものどこかパロディめいた、相対化したような……つまり小馬鹿にしたような態度が見られない。真面目に聞くべきだろうと感じる。


「それは?」

「すなわち、世俗との関係性を断つか否か、です。実社会の上の立場に立って優越感を抱きたいという感情と言い換えてもいいかもしれません」

「それは」


 どこか腑に落ちる物がある。優越感を抱きたい。それも出来れば簡単に、という感覚。そういう感覚が無いとは言い切れない。いや、むしろ僕が最初に告白した感情はまさにそうした優越感そのものでは無かろうか。


「多くの新興宗教に見える傾向です。マルチや陰謀論でも同じですね。特別な能力、経済的優位、誰も知らない真実。そういった物を手に入れているがために、我々は彼らより偉いのだ……という感覚ですね」

「現実の資格とか職業においてもそういう優越感ってあるんじゃないかな」

「あるでしょうね。でもそれだけで続けられるような物でも無いと思いますよ、勉強というのは」

「でも主観として、だよ。超能力でも悟りでも金銭でもいいけどさ、それを手に入れたいと思う人がいて、その方法を伝授する、というのなら、当人同士の納得とか満足があるのなら、それは否定できないんじゃ無いかな」「なるほど。信仰の自由を持ち出してきたわけですか」


 沙也加の顔がにわかに輝きだした。


「しかし現実の日本が生み出してきた様々な悲劇と犯罪を見れば、信仰の自由なる観念が無批判の状態にあることが原因の一つとも言えます。例えばこの壺を買えば、とかこのUSBを買えば、とかそういう霊感商法やマルチでも当人同士の納得があれば正当化されてしまうことになるわけです」

「まぁ、確かに。詐欺を正当化することは出来ないか」

「その通り。もっと言えばそういう経済的損失でなくても、精神的な束縛であっても、それが同意であれば許される、などと言うことは無いと思っています。他人を不幸にする自由なんて物は無いでしょう?」


 いつものディベートごっこは僕の敗北で終わった。断っておけば僕は別に霊感商法を正当化したいわけではない。ただ、沙也加の反対の意見を述べただけである。


「さて、いい勉強になりましたねセキくん。これでまたあなたは私の弟子として一つ成長したわけです」

「はいはい。ありがとうございます師匠」

「これからは精神世界の本には目もくれず、基本私の意見だけを聞いていなさい。そうすれば大抵のことは間違いがありませんよ」

「サヤさんの二枚舌でたな。大概のカルトはそうやって情報を遮断するんじゃ無いの?」

「うさんくさい詐欺師は得てして二枚舌である、という方便ですよ」


 彼女はちろ、と一枚だけの舌で唇をなめながら、笑ってそう締めた。

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