28.僕と彼女の祭の始まり
芋を洗う。おもちゃ箱をひっくり返す。盆と正月が一緒に来る。
僕は大学の敷地を歩きながら、現在の状況を当てはめるのにふさわしいイディオムはどれかを考えていた。
自主祭の一日目。一昨日の静と動の緊張はどこかへと消え去っていた。今あるのは人と物と音がひっきりなしに動き回る大きな濁流だった。
呼び込みの声、食べ物の匂い、叫び声、どこかから聞こえてくる楽器の音、誰かの歌声。館内放送によって流れる自主祭に関する様々な注意事項……。
大学というものはいつも喧噪に満ちているが、その日のものはさらに混沌を増した感覚があった。
僕は校舎内のカフェに前にいた。いつも沙也加と行く店だった。いつも通り、彼女とそこで待ち合わせしていたからだ。しかし自主祭期間中はこのカフェは閉鎖されている。ここに限らず、学食などはすべて休みだ。
カフェの前方にはちょうど広いスペースがあって、そこでは各サークルが自分たちの催しもののPRを行っている。それをなんとなく眺めながら沙也加の姿を探す。
和服を着た女性を見るとつい呼びかけてしまいそうになった。普段ならそんな恰好をする人間は円藤沙也加くらいのものだった。だが自主祭中は茶道部や舞踊サークルの発表や出店のPRなどで和服姿で出歩く者も珍しくない。沙也加か、と思えば違うということを何度か繰り返していた。
「おや、どうも」
喧噪の中、彼女はいつも通りの気軽さで僕に語り掛けた。
恰好はやはり和装だった。黒い襦袢、白い袴。素材は恐らく綿だろう。その上から白い羽織を纏っている。
服装自体はいつもとそう変わりが無かったが、色合いはいつもとかなり違っていた。白、黒、白というモノクロカラー。冠婚葬祭の際のフォーマルなコーデにも見える。
「おはよう。今日はまた、気合が入ってるね」
「おや、分かりますか。陰陽の交差をイメージしました。推察の通り気合が入ってたりします」
いつもの柄は花の模様、鶴の模様、市松模様、幾何学模様、あるいはデニムのようなカジュアルなデザインなどだ。しかし今日はそう言った派手さとかお洒落さはなりを潜めている。そのためか、むしろ浮かれた周囲の雰囲気から浮いているように思えた。
普段とは全く違う空気の中を二人で歩いた。
最初に実行委員が出している福引券にもなるパンフレットを購入し、どこで何を出しているのかを確認する。
「平家うどんはゲート棟のピロティですね」
「ちょっとあるけばすぐだね」
「そうですね……あ、噂をすれば早速です。平家うどん発見。まずは食事と行きましょうか」
今日の指針を相談して、まずは出店で食事をする、ということになった。時刻は10時前後。朝ごはんにしては遅いが、昼食にしては早い時間帯だった。とは言え祭の日にそんなことを言うのも野暮なことのように感じられた。
えてして、文化祭で出される食事というものは微妙なものが多い。学生が出すものだから、当然と言えば当然だった。しかし、そういう微妙さが気分を害するということは無かった。クオリティと楽しく感じることが比例するとは限らない。
沙也加おすすめの平家うどんは正直言ってあまりおいしくなかった。
麺がぐずぐずになるまでゆでられたうどんが関西風の薄口の出汁の中に漂っていている。食べてみると歯ごたえがない。
「平家うどんとはそういうものです。名前の通り西の方で食べられる郷土料理ですね」
「なんでそんなに推してくるのさ、平家うどん」
「それはもちろん、私が尊敬する日本史の人物が平清盛だからです」
沙也加の平家うどん押しは味では無くて名前からだったらしい。そう言えば彼女の部屋の本棚に平家物語が上下巻で納められていたのを思い出す。よほど好きなのかもしれない。
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