24.僕と彼女の相撲雑談

 いつも通り、僕らは総武線に乗って風景を眺めた。

 普段だったら御茶ノ水か秋葉原のあたりで別の路線に乗り換える。だが今日はそれらを通り過ぎて、浅草橋、そして両国まで行く。


 両国駅にはフードコートが併設されていた。江戸の食文化を楽しめる、という趣旨で店が集められているようだった。天丼、深川めし、江戸前寿司、そば、もんじゃというようなラインナップになっている。つまりは観光客向けのフードコートだった。


 店内はずいぶんと混雑している。外国人、日本人問わず、観光客で賑わっている。幸いにも僕たちは席を確保することが出来た。沙也加は親子丼を、僕は天丼を頼んだ。


「相撲は好きですか?」


 食べながら、沙也加はそう話題を振ってきた。僕らが座っている道沿いの席からは両国国技館が望めた。そこからの連想かもしれない。


「いいや。あんまり興味ないな」

「実は私もなんです。両国国技館には行ったことないんですよね。では相撲の起源はなんだか知っていますか?」

「何がでは、なのか分からない。……そうだな、古事記とかになるのかね?」

「正解です。日本で一番最初の相撲の記録は古事記の記述です。タケミカズチによる出雲いずも平定の話ですね。出雲側のタケミナカタがタケミカズチに力比べを仕掛けたのが最古の記録とされています」

「へぇ」


 あまり意外性のない話に思えた。古事記や日本書紀と言った大昔の記録は、ものごとの始まりをもっともらしく書くことが存在意義のひとつと言ってもいいだろう。


 沙也加はそんな僕の態度を見てか「しかし」と話をつづけた。


「ここで語られる勝負の顛末てんまつというのが非常に滑稽こっけいでですね。タケミナカタはタケミカズチの腕をつかんで投げ飛ばそうとしたのですが」

「柔道じゃないか」

「しかしタケミカズチも一筋縄では行かない、なんと掴まれた腕を即座に氷の剣に変えることで相手の拘束を逃れ、逆に相手の腕を握りつぶしてしまうのです」

「柔道でもないな。ここまで来ると能力バトルだ」

「こういう能力バトルが日本の国技のオリジナルというのは誇るべきことですね。素晴らしきかな日本の歴史というわけです。ちなみに日本書紀側の最古の歴史は垂仁すいにん天皇の御代です」


 垂仁天皇、と聞いて特に業績は思い浮かばなかった。神武綏靖安寧懿徳じんむすいぜいあんねいいとく……と数えてみる。大学受験の際に天皇の名前を覚えたことがあった。


「たしか12代目かな。実在してたか、してないかの境目じゃないか」

「流石セキくん、偏執狂ですね。欠史11代という言葉もある通り、12代目垂仁すいにん天皇は恐らく実在したであろう天皇のふたり目とされています。

……ここで語られる記録によると、当時勇士として名を馳せていたタイマノケハヤという人物がいまして、この人は日夜強い相手を求めるバトルジャンキーでした。それを聞いた垂仁天皇は面白がって出雲国の野見宿禰のみのすくねという人物とスマイで戦わせます。スマイ、つまり相撲ですね」

「今度は割と普通の記録っぽいな」

「キックの応酬で戦闘が始まるのですが」

「……キック?」

「はい。蹴りです。タイマノケハヤは漢字で書くとこうです」


 沙也加はスマートフォンを取り出すと検索結果を見せてきた。表記は当麻蹴速とある。


「わかりやすいですよね。つまり当麻村たいまむらのキックが速い人という意味です。昔の相撲はキックボクシングだったんですね」

「そんな名前が付けられるくらいだからよほど強かったんだろうな、キック」

「試合が進むと、野見宿禰のみのすくねの蹴りが当麻蹴速たいまのけはやのあばらにヒットします」

野見宿禰のみのすくねの方が早かったのか……」

「それが決め手となって当麻蹴速たいまのけはやはダウン、野見宿禰のみのすくねはとどめの一撃を腰に食らわせて殺害、宿禰すくね当麻蹴速たいまのけはやの領地をそっくりそのまま貰えたのでした。めでたしめでたし」

「……死んだの?」

「はい。そりゃもう、日本書紀の原文に『殺し』とはっきり書かれてますから」


 ぜひ読んでみてください、などと沙也加はおかしそうに言う。


 確かに可笑しいというか、古代人と現代日本人の生死観が全く異なるということを示しているようで興味深くはある。


 ただ、そういう学問的な興味とは別にして、人の死が軽い時代のことを想像するとすこしギョッとしてしまった。そしてそのギョッとする感覚に興奮している自分がいる。


「つまりそういう残酷な風習が日本の国技の原典というわけです。野蛮ですよね」


 沙也加は最初の話と正反対の感想で結んだ。つまり彼女にとって相撲はそういうものなのだろう、と思う。時と場合によって日本人の誇りとか、野蛮な風習とか、言うことをその都度変える程度の物事でしか無いのだろう。


 僕らが相撲の起源について偏った会話をしている間に食事が終わった。両国国技館を横目にさっさと通り過ぎる。両国国技館のすぐ隣の、江戸東京博物館が僕らの目当ての場所だった。


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