22.僕と彼女の大予言

 ぷつん、と。テレビが付いたかのように僕の意識は覚醒した。


 体は横たわっているようだった。ベッドの柔らかい感覚に左半身を沈めている。頭の部分が特に気持ちがいい。なにか良い枕でも使っているのだろうか。


 今はどういう状況なのだろう。先ほどまで何かしていたと思うのだが、それと今の状況が繋がらない。


 僕は沙也加の部屋にある木箱をこっそり開けた。そして中に入っている中華剣のようなものを検めた。


 記憶はそこまでだった。そこからどうしてベッドで横たわる状況になるのだろう。

 とにかく状況を確かめようと体に力を入れる。


「おや、目覚めましたか」


 右耳に聞きなれた声が流れた。

 沙也加の声だった。僕は反射的に声のところに顔を振り向いた。沙也加の顔が僕を見降ろしている。どうやら僕は膝枕をされているらしい。


 なおさらわけが分からなかった。どうすればあの状況からベッドで沙也加に膝枕などという状況になるのだろう。


 沙也加はなにやら本を読んでいたようだった。『幻覚の脳科学』というタイトルの文庫本だった。彼女はそれを傍ら、つまり僕の頭上すぐ近くに置いた。


「……ごめん」


 僕はそう言いながら身体を起した。沙也加はいえいえ、と微笑みんだ。


「膝枕という貴重な体験をさせてもらいましたからオッケーです。耳かきリフレとかに努めなきゃ無いでしょう」


 などと良く分からない仮定を持ち出しながら言う。それは貴重な体験なのだろうか、と疑問に思いつつ、沙也加に気が付かれないようそれとなく周囲を見渡した。


 木箱は、ある。蓋は開いていない。僕が持ち出した剣が周囲に散乱している様子もない。


「……あの木箱」

「長持ちがどうかしましたか」

「ああ、いや。なんか珍しい家具だなって」

「それもそうでしょうね。長持ちは江戸時代まではポピュラーな家具でしたが、明治以後になってめっきり廃れましたから。服などの家財道具を入れておくための容器だったらしいのですが、クローゼットや洋箪笥と言った西洋家具の普及に伴ってすっかり姿を消し、博物館やら映画の中だけの家具となったわけです。ちなみにですが長持ちというの元々、引っ越しなどの際に持ち運ぶもので、車輪……現在風に言うとキャスターがついたものもあったみたいですね」


 沙也加はいつも通り、妙な蘊蓄を僕に語った。いつもより早口だったが、怒っていたり何かを咎めるような様子もない。


「よっぽど眠かったんですね」

「え」

「びっくりしましたよ。私が部屋に戻ったら床に突っ伏して眠ってたんですから。仕方がないので私が膝枕して目覚めるのを待っていた、という次第です」

「それで膝枕?」

「はい」


 思考が飛躍している、と思う。僕としてはいい気分で眠れたので別にいいのだが。


「綺麗な着物を汚しちゃわないか不安だ」

「いいんですよ。すき焼き食べるときの方がよほど危険でした」


 確かに卵か出汁が跳ねようものならすぐに汚れになるだろう。対して僕の頭が乗ってもすぐダメになるというわけでは無い。


 とは言え、ずっと膝を貸してもらうというわけにもいかない。僕は起き上がろうと体に力を入れた。


「……沙也加さん?」


 だが、そうはならなかった。沙也加が僕の額と顎を両手で持って膝に優しく押さえつけた。強い力で、というわけでは無い。しかし、それだけに余計に振り払い辛かった。


 沙也加は僕の瞳をじっと見つめた。


 僕も見つめ返す。


 僕の顔はそう綺麗な状態ではない。食後ということもあって脂ぎっている。だが彼女はそれを気にする様子は無かった。まったく別のことを考えているようだった。


「ノストラダムス」

「うん?」


 彼女がようやく口を開いた。だが文脈が良く分からない、唐突なものだ。


「大予言の話です。とっくに過ぎ去りましたが、1999年に世界は滅びる。今も予言のずれがどうだの、実は1999年に何かが起きていただの、まぁ色々な説がありますよね」

「一時は2012年のマヤ暦の終わりブームもあったね」


 2012年のブームの方はリアルタイムで楽しんでいた。オチは2012年以降のカレンダーを作っていなかっただけ、という面白いものでは無かったが。終末論もまた、いつの時代もずっと続く営みのようなものだった。人は何かにつけ、世界の終わりを想像するのが好きなのだと思う。


「ええ。おかしいですよね。世界が終わることを、私たちは常に待ち望んでいる。実際に来てほしいとは思っていないけども、同時にいつか来ることを楽しみにしているのです」


 なおも彼女は手をどけない。こんな話は対面で座っていても、歩きながらでもできるはずだった。しかし、彼女は僕を手元に置いておくかのように離さなかった。


「セキくんはどうですか?」

「……質問が曖昧でよく分からない」

「世界に終わって欲しいのか、誰かに終わらせてほしいのか、どうかです」

「別に。終わって欲しくなんか無いよ。終わるかもしれないっていうことを語ることは面白いと思う。どう終わるのか、だれが終わらせるのか。そういう想像をするのは楽しいけれど、本当に終わって欲しいわけでも、終わると信じているわけでもない」


 偽らざる本音だった。

 僕のオカルト的なもの全般へのスタンスでもある。予言にしろ陰謀にしろ、不確定だからエンターテイメントになるのだ。真実になってしまったり、信じてしまったりすれば、それは楽しさとかそういうものでは無くなる。


「私たちの関係も?」

「……は?」


 何の話をしているのか、と頭が混乱する。彼女がどういう意図でそう言ったのか、幾通りかの解釈が頭を駆け巡っては消えていった。


「変なことを聞きました」

「本当にね」

「ちょっと。そんなことないよ、とか優しく声をかけてくれたりしないんですか」

「だって本当にわけが分かんないんだもの」


 僕がそういうと、沙也加は確かに、と笑い出した。

 彼女は僕の頭を開放する。ようやく立ち上れた。体に妙なところはなく、気絶する前と違いは無い。


 沙也加は僕に冷たいお茶を手渡すと「そういえば終末論と言えば放送禁止シリーズのプロデューサーが書いた検索禁止というルポがありまして、そこではさる宗教団体が終末論を煽るだけ煽ったのに来なかった時の気まずい空気を克明に描いていまして……」などといつもの調子で会話を始める。僕はお茶に手を付けながら、彼女が振る話に乗っかった。


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