21.僕の夢とあふれ出る言葉
赤い空に糸がぐにゃぐにゃとのたうち回っていて、僕はそれを何かの囲いの底から見上げているのだった。体は動けず、手足ももう無いようだったが、とにかくこの妙な光景を脳裏に刻み込んでおきたい一心で、僕は赤とぐにゃぐにゃを見続けていくのだが、よく見ているうちに妙な光景には妙なりの法則性があるらしいことに気が付いて、それを考えるのもどんどんと面白く滑稽な気分になっていくのである。まず赤い空は太陽の影響で赤いのではなくて、誰かが塗ったりはめ込んだりしたから赤いのだ。太陽が輝くのは核融合によるものではなくてだれかがどこかから電気を引っ張って灯しているランプである。みょうなぐにゃぐにゃはその様子を描きだすためのことばだった。文字であるとは限らない。言の葉とかいて言葉。はっぱのようなものなので、ぐにゃぐにゃはきまぐれにどこかに飛んでいくし、あるいはどこかから飛んできたりするし、気が付けばぷつんと切れてしまっているし、しかしとにかくあちこちにつながっているので、世界はどんどんとグローバル化しているのだなぁ、と実感する毎日なのだった。
線と言う線は基本的にぐにゃぐにゃしているものであって、まっすぐな線というものはどうやら無い。太陽が輝くのは複数の要因があってこそだし、インターネットがつながるのは電線とかwifiのお陰だけじゃないし、本を手に入れるためには書いた人と印刷する人と売る人と買う人が必要なのであって、紙があればいいというわけじゃない(もちろん紙がないことにはなにも始まらないのだけど。そしてそれは実は紙でなくてもよかったりする)。
その中でも特に妙な場所があって、それはまさに僕が横たわるこの空間で、というのもここには一切の意図が届いていないらしいようなのだからである。外から来るもの(これはつまり悪意とか善意とかだ)の一切がここと僕とに影響を及ぼさないようにしているらしくて、そうなるとこんなにもつながりあう世界にあってこいつと僕だけは孤独なまんまなのだなぁ、と思ってしまって不憫になったりもしたが、それも所詮は糸に過ぎないので大した影響は与えられないのである。
そんな中で、どうやらそろそろ日が落ちるころなのかもしれなくなって、世界に陰が落ち始めていくのをぼんやりと眺めることになった。ただ影が差しただけなのだが、ごごご、と妙な音がなったり、揺れだしたり、まるで世界が終わるかのような状況が続いていくので、それはそれでワクワクしていたりする。何分、ここまでは糸が届かないのでどうにもこうにもならないので、世界の終わりを僕にはどうすることもできないし、しなくてもいい。こういう安全な場所でそういうスペクタクルを見れるのはまさに特権で幸福なことなのだろうと、思わざるを得ない。
ノストラダムス、ノストラダムスの大予言だ。沙也加ともよく話す。1999年、恐怖の大魔王が空から降ってくる。今は何年だったっけ?おそらく-何十年以上と経ってるんじゃないか。マイナスというものはあることを前提にした考え方で、つまり何もかもが無い状況においてはただの観念とかに過ぎないはずなので、まぁ無意味なことなんだろうな。
そもそも恐怖の大魔王とはなんなのだろう。宇宙人なのか巨大隕石なのか、イルミナティの陰謀か。そろそろ正体が分かるはずだ。世界に落ちる陰はその度合いをどんどんと大きくして、ああ、やっぱり大魔王とは実在する存在なのだ、やっぱりマイナスでいいのだ、と確信しいった。
無限に時間が引き伸ばされたような世界で、一度興奮するといつまでも冷めやらないで、僕はただただ、その恐怖の大魔王の到着を待っていた。そしたら来た。
囲いの淵からぬ、と顔が現れた。大きな瞳が僕を監視するように見つめて、遅れて髪の毛らしき黒い房が雲の糸みたいに垂れてくる。それは顔だった。巨大な顔。どこかで見たことのある顔。
それは円藤沙也加だった。
なんだかうれしい。もし世界を終らせる存在がいたとしたら、それは円藤沙也加であってほしい気がする。彼女が何もかもを終らせてしまう、というのならそれはそれで仕方がないことのように思える。
『やっぱり世界は終わるのかな』
僕がそう尋ねると、彼女は困惑したような表情を見せて、しかし僕の質問には答えてくれなくて、それはそれで残念と言うか気分が悪い。
代わりに彼女は僕の方に巨大な手を伸ばして来て、手足のない僕の体をむんず、と掴んでそのまま囲いから引っ張り出してきたのを見ると、糸は伸びないのだが、物理的なものは通用する世界らしい、と落胆した。
囲いから出ると僕の身体にも意図がまとわりついてくるのが感じ取れて、それはそれで気持ちが悪い。やっぱりこんな世界は終わってしまったほうがいい気がするのだが、どうなんだろう。沙也加はどう思うのだろうか。
『もし終わるなら、沙也加さんが終わらせてくれた方がいい』
その言葉が聞こえたのかどうか。沙也加は僕のことをじっと見つめて、いつくしむようにそっと僕の視界を閉じた。
ぷつん。
糸は切れる。彼女は躊躇することなく、僕と身体の繋がりを絶った。
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