14.僕と彼女の映画鑑賞
向かったのはAVライブラリーと呼称される大学内の施設だった。食堂とおなじタワー棟の三階にある。講義に関係ある古典文学や古典文芸の映像作品やドキュメンタリーだけでなく、往年の名作や近年公開された大作ヒーロー映画まで何でもそろっている。文字通り、映像の図書室のような場所だった。
学生証をカードリーダーに通して入館する。AVライブラリーの一角は物音だけが響いている。図書館と同じように、喋っている人はあまりいない。
僕らは揃って棚に羅列されたDVDやBDのパッケージを物色した。先ほど話した『マトリックス』や『スーパーサイズ・ミー』、『トゥルーマン・ショー』があるのも確認できた。流石に『ゼイリブ』は見つからなかったが。
「あ、リングですよリング」
沙也加はおどろおどろしいパッケージに不釣り合いな楽しそうな声を挙げる。
リングはもう何回観たか分からないくらい見た映画だった。ビデオやDVDをレンタルせずとも、僕の物心つく頃には繰り返しテレビで放送されていたからだ。それは沙也加も同じようだった。
「懐かしいなぁ。リアルタイムでは物心ついて無かったんですが、母や父が言うにはかなり流行っていたみたいで」
「ご両親もホラーとか好きなの?」
「好きと言うか、ライフワークというか」
彼女は困ったように笑った。
「んじゃ、沙也加さんのは遺伝か」
「そうかもしれません。血は争えず、ですね」
「リングにする?」
「うーん。何回も見てますし……」
彼女はそういうと、ふたつのパッケージをおもむろに手に取った。彼女が出してきたものはどちらもリングとは全く別のジャンルかつ内容の作品だった。『キャプテン・アメリカ』と『アメリカン・スナイパー』。どちらも白人男性が軍装をして星条旗柄の物を手にしたパッケージデザインである。
「どっちがいいですか?」
沙也加はまるで何か意味のある質問であるかのように、その二つを差し出しながら僕に問う。
「『アメリカン・スナイパー』にしよう」
『キャプテン・アメリカ』はそれこそテレビで何度か見た。対して『アメリカン・スナイパー』はまだ見たことが無かった。
AVライブラリーの座席は三種類ある。小型プレイヤーを借りて窓際のカウンターで見る席と、大画面をブースで見れる席、そして二人以上で使えるソファ付きのブース席。
幸いにしてソファ付きの席が空いていたので、僕らは二人そろってソファでくつろぎながら見ることができた。
映画の内容は陰惨そのものだった。
イラク戦争に派兵された実在のスナイパーが主役の映画だった。戦場でスナイパーとして活躍し、レジェンドと持て囃される栄光。その一方で戦場で少年兵を撃ち殺し、戦友は戦死し、自分にあこがれた弟はPTSDを患い、やがて主人公も心を病んでいき……と栄光に見合わぬ葛藤が彼を占めていく。
おおよそ、ロマンティックな雰囲気などない内容の泥臭い映像を二人して黙々と見続けた。
二時間十分が過ぎ、画面はエンドロールに入る。救いようのない終わり方だった。しかもそれが実在の人物の実在の末路であるということが、さらに陰惨な印象を与えてくる。
「クリス・カイルは『敵兵は悪人であり死んで当然』と言ってはばからない人物だったらしいですね」
映画が終わるなり、沙也加はそう言いだした。
「もしかしたら自分で自分を騙していたのかも知れません」
「前にも見たことあったの?」
「クリス・カイルの自伝の方は。大層な愛国主義者を自認した方のようでしたよ。そういう意味で言えば映画はクリス・カイルを人間のまま殺したとも思えます」
「現実のクリス・カイルだって葛藤した人間だったんじゃないかな」
「あの痛々しい自伝を見る限り、葛藤していないように自分を騙しているように思えました。強い愛国者、強い兵士。自分を人間では無くそういうものに規定しようとしていた。……私たちは書かれているものを信じてしまう生き物です。本人の告白ともなれば、それが真実なのかもと思ってしまう」
でも、と彼女は続けた。
「少なくともこの映画は、それにちょっとしたエクスキューズを付けました。そういう風に感じられる映画を作った。それだけで創作というものも捨てたものじゃない気がしてきますよね」
沙也加は語るだけ語るとため息を吐いた。ふぅ、と物憂げな笑みを浮かべながら。
僕は正直、沙也加のことが分からなかった。これまで分かった例は無かったし、今も分からない。オカルトや映画に対して饒舌な沙也加と、自分のことを隠したがる秘密主義な沙也加。そういう人間性が泡のように現れては立ち消えていく。
「明日、空いてますか?」
沙也加は突然、そんなことを言い出した。次の日は土曜日。バイトも入れていないので、僕の予定は空いている。
「大丈夫だけど」
「じゃあ私の家に来てみませんか?」
麻布十番にあるんです。前にも話したかと思いますが。
沙也加の唐突な誘いもやはり良く分からない。一つ言えることは、何かを知られることを恐れていながら何かを知られたがってもいるような彼女の態度はひどく心を掻き立てられるということだった。
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