13.僕と彼女のランチタイム2
タワー棟と呼ばれる50階立ての学舎がある。
昼食はその二階にある食堂で取ることにした。ランチセットは550円でホットドッグに山盛りポテト、サラダとドリンクが付いている。とにかく腹が満たされる、ということで多くの学生が殺到していた。
この山盛りポテトというのが文字通りの山盛りで、ボウル一杯分くらいの量がある。一人前をひとつ頼んで分け合っても良いくらいだった。しかし貧乏性なのか、単品注文すると割高になるからと一人前をそれぞれ注文した。
「そういえばスーパーサイズミーって映画ありましたね」
「これから食べるものを前にそのタイトルを言えるのは恐れ入る」
「あれ見ると無性にファーストフードが食べたくなりませんか?」
「おおよそ一般的な感性でないことは確かだね」
僕は頂きます、と手を合わせて食事に取り掛かる。彼女も手を合わせた。
タワー棟に食堂は二か所ある。地下一階と二階。僕らが座っているのは地上一階のテラス席で、そこには両方の食堂の利用者が集まっている。
セミ生やサークルがこのテラス席で打ち合わせをしているのもよく見る。その日もそこかしこで多くの学生が世間話や狂騒に興じていた。
「どうしたんですか、そんなきょろきょろして」
僕はいや、と返事をして彼女に向き合った。
例の超古代史研究会とやらもここで昼食を取っていないかと気になったからだった。それらしい集まりは無いようだ。
「陰謀の気配が無いか、注意を巡らしただけだよ」
「それは素晴らしい」
僕の冗談めかした言葉に沙也加はふふ、と笑いながらポテトを頬張る。
「我々の世界にはどこに陰謀があるか分かりませんからね。いや、そもそも私たちの知覚そのものが陰謀に侵されていないとも言い切れません。気にすることは大事です」
「マトリックスみたいに?」
「トゥルーマン・ショーでもゼイリブでもいいですよ」
今羅列された映画のタイトルたちの共通項は「我々の世界には我々の知らない真実があった」と言うことである。一種の陰謀論映画たちだった。
世界がVRでそう知覚させられているだけだったとしたら、世界の本当の姿がTV番組だったとしたら。この世界が既に宇宙人に支配されていたとしたら―――
こうした想像力は常にどこかの時代の世界のどこかで誰かが持っているものなのだろう。その想像にもとづいた映画が常に存在し続けることがその証左だった。
「まぁ、考えてみればそもそも僕らが『日本人だぞ』って洗脳されてるようなもんか」
「ええ。アメリカ人でも中国人でもトルメキア人でも一緒ですよ」
「トルメキアなんて国は無いけど」
トルメキアはジブリ映画に出てくる架空の国の名前だった。
「引っかからないとは残念。ま、いずれにせよみんな洗脳されてるようなものなんですよ。私から見て中華人民共和国は変な国だと思いますし、アメリカは戦争しまくりで銃社会のヤバい国としか思えませんが、あちらから見れば日本人だって洗脳されてるようにしか見えないでしょう」
確かにそうかもしれない。
過労死、という言葉が英語になっているのは有名な話だ。遡るとバブル期にはジャパンバッシングがあり、戦中・戦前には欧米で「日本は世界征服を企んでいる」という陰謀論―――いわゆる田中上奏文の存在がまことしやかに語られていた。
現代においても、中国政府はことあるごとに政治、経済、歴史などを元に日本と軋轢を起こしている。
そしてそのいずれにも、大なり小なり反感を覚える日本国民がいる。
こちらから見ればあちらが、あちらから見ればこちらが。お互いに野蛮な国と思いあっていることだろう。
「つまり結局のところ誰もが洗脳されているわけです」
「沙也加さんも?」
「もちろんです。セキくんもですよ。洗脳されていない人なんていません」
この世のすべては相対的なものであり、この世のすべては裏を返せばまやかしになってしまうのだろう。それを洗脳や教化と呼ぶのか、教育や
「じゃあ沙也加さんは」
「はい?」
「沙也加さんはどういう洗脳をされてきたわけ?」
あらゆるものは裏を返せば洗脳になる。ならば、沙也加がどのようなルーツを持っているのか。それが気になってしまった。それを解き明かすことに意味なんかないのかも知れないし、一歩間違えれば何もかもを壊しそうな疑問かも知れない。
すべてが明かされた後には何も残らない。僕はつねづねそう思ってきた。
それでも、彼女がどういう人間なのか知りたいと思った。そういう気持ちが日に日に強くなっている。
沙也加はちょうどポテトの続きに取り掛かり、咀嚼している最中だった。彼女は僕の視線から口元を袖で隠した。やがてん、と飲み込む。
「知りたいですか?」
「……そうだね。知りたい」
彼女は僕の質問には答えないで頭上を見上げた。
なんてことは無い質問のはずだった。友達同士なら適当にはぐらかしたって良いようなことだった。いつもの通り、空虚な言葉を
途切れることの無かった会話が途切れると、却って周囲の喧騒が気になりだす。どこぞのサークルの男女の笑い声と嬌声が嫌に耳にさわってくる。まるでセミの鳴き声のような鬱陶しさだった。夏も終わったというのに。
ふたりだけの奇妙な静寂が続き、やがて唐突に僕に向き直って言葉を発した。
「折角だから映画を見ましょう」
彼女は僕の質問に答えずに、どこか飛躍した発言をした。
「何が折角なのさ」
僕はその飛躍に怒ったりすることは無かった。むしろ静寂が終わったことに安堵すらしている。
「折角は折角です。映画の話をしたから映画が見たくなってきました」
僕たちはその後の講義を取っていなかった。何か見たい、というのなら付き合っても良い。
「良いけど。どこにする?」
この近くの映画館を頭に思い浮かべる。シネマコンプレックスがあるのは上野や渋谷、新宿といったところだ。名画座だと市ヶ谷か渋谷か上野。おおむね、いつもの僕らの行動半径を超えることはない。
彼女は回答に代わりに、人差し指を天井に指した。
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