6.僕と彼女のポストトゥルース

 東京国立博物館の展示は日本の美術品がメインとなっている。石器時代から近代まで、多くの美術・工芸品がここには集まっている。

 印刷会社が試験的に作った平家物語の屏風絵のレプリカを堪能しつくした後、僕たちは常設展示を一から順路通りに見ることにした。日本史の教科書と同じように、石器時代から。

 こんな時間だというのに人の姿はそれなりにいる。とは言え休日のように込み合っているわけでは無かった。僕たちのすぐ後には壮年の男性二名がずっと何事かを語り合いながら進んでいる。


「これはなんだろう、おそらく僕の見立てだと武器なんじゃないかと思うんだけど」

「武器ねぇ」


 一人は早口で、もう一人はそのスピードに圧倒されながらも合いの手を打つ。


「武器、戦うのための道具だよ。人間というのはずっと争ってきたわけだからね。石器時代ともなれば、それは殺し合いの道具にしかならないだろう」

「そりゃそうだ。なにせ猿みたいなもんだからねぇ」


 途切れることなく、会話は続いていく。

 僕はその姿に痛々しさと既視感を感じていた。あの会話のペースは僕と沙也加がそのまま歳を取ったようなIFの姿にも感じられたからだ。

 ふと、沙也加の顔を見た。彼女はどうやら展示物の解説文に目を向けている。気になって、僕も同じものを見た。

 おいてある物は石で作られた棒のようなものだった。前を行く男性ふたりが語り合っていたものだった。漢字を羅列した学術名、発掘年代、測定される時代などに続く文章は次のようなものだった。

『男根を象った石器。豊穣を祈願する祭具として用いられたと考えられる』

 つい、ギョっとした。

 男根というモチーフにギョッとしたのでは無い。あの二人が解説文を読まず、ただ自分の所感だけで歴史を構築していたことだった。オカルトが目の前で作りだされていく様子を目の当たりしたような寒々しさがある。


「ま、平日に博物館を回ってる人間なんてあんなものでしょう」

「……随分な物言いだ。自分たちに跳ね返ってくると思わない?」

「もちろん思ってますよ。まさか自分が常識的な人間だとも思ってませんし。私たちも似たようなものです」


 セキくんもそう思うでしょう、と問う。

 違う、とは言い切れなかった。


「あのままでいいんです。あの人たちにとって、学芸員の解説など何の意味も無いんですよ。つまらない事実よりも自身が見つけた真実の方に価値がある。誰か指摘しようものなら、あの人たちにとっては興醒めなものにしかなりません」


 その通りだろう。

 事実に価値があるとは限らない。すべてを明かしてしまった後に残るものは無味乾燥な現実。つい最近、そう考えたことを思い出す。


「でもさ、それって恐いことじゃないか」

「その通りです。でもまだ恐いだけ。実害が無いのなら放っておいていいと思います」

「じゃあ超古代日本史研究会も放っておくべきじゃない?」

「それとこれとは別」

「何が別なのさ」

「実害があるかも知れないからですよ。……あとセキくんと一緒に自主祭回りしたいし」


 あの二人と超古代日本史研究会、どこに違いがあるのか全く分からない。結局、妄想を口にしているだけだ。

 それと取って付けたようなアピールをされてもちょっとしか心は動かない。


「ま、そこは研究会の発表を見に行ってから考えましょう?ほら、これなんて遮光器土偶ですよ、アラハバキ様のご神体ですかねぇ?」


 あはは、と能天気に笑いだした。

 先ほどまで見せていた妙にシリアスな空気から大きなギャップがある。やっぱり、彼女のことは良く分からない。目の前の少女の存在こそ、今のところ一番のオカルトかもしれない。


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