神代文字・古史古伝

1.僕と彼女のランチタイム

 円藤沙也加えんどうさやかと出会ったきっかけが何であったのか、今となっては些細な出来事としか言うことが出来ない。恐らく大学の講義の中のことだったろう。僕か彼女のどちらかが筆記用具を忘れてそれを貸し借りしたか、あるいは教授の指示で隣の席の学生と班を作って些細な発表をしたのが最初か。


 まったく他愛のないことによって僕と彼女は出会ったのだが、これが思いの他関係は長く続いている。

 妙に馬があい、暇があれば話をするような関係になった。

 内容は、と言えばあまり一般的な大学生らしいとは言えない。

 だが恐らく大学生くらい暇でなければこんなことを語り合うことも無いだろうとも思う。


「気になったんですけど、レプリティアンなるものの存在についてはどう思ってます?」

「いきなりだね」


 レプリティアンとは、いわゆる陰謀論で語られる爬虫人類のことを差す。

 恐竜のような見た目をした人間であり、彼らは人間の振りをして某国大統領や富豪として地球に潜み、世界を裏から支配しているのだ……ということが頻りに語られる。


「正直実在はしないだろうとは思うけど」

「いるか居ないか。そんなことは実はどうでも良いことなんです。私は、セキくんがどう思ってるのか知りたいんです」

「……そうさな。多分だけど、人間の不安の表れなんじゃないかって思う」

「なるほど?」

「今いる自分の世界の問題……貧困とか疫病みたいな物理的なものでも、あるいはもっと漠然とした不安とか。そういうものに名前を付けようとしてるだけなんじゃないかって思う。だから、円藤さんの言うとおりいるか居ないかはどうでも良いんだろう。それがグレイでもレプリティアンでもユダヤ人でも」

「なるほど、ユダヤ人、と来ましたか。そうですよね。思えばシオン賢者の議定書にしたって、まず不安とか苦しみに対してユダヤ人と言う名前を付けた。それがたまたま実在の民族に対してそのレッテルが貼られてしまったというだけとも言える」

「さて。それを思えば宇宙人のせいにして、本物の民族とか国の人のせいにしてないだけ、現代の方が文明的と言えるかも分からないけど」

「そうだと信じたいですけどねぇ」


 そうこうしているうちに僕は時計をちら、と見た。

 時刻は昼の13時を回っている。

 自分の食器はすでに空になり、彼女の食器を見ればカルボナーラがまだ半分ほど残っていた。あと20分ほどで次の講義が始まるはずだ。僕と円藤さんが受ける予定の講義である。


「ちょっとコーヒー買ってくるけど、円藤さん飲む?」

「あ、じゃあ私の分も」


 お願いします、と言って彼女はカルボナーラの続きに取り掛かった。

 昼時、男女そろった大学生の中に、こういう会話ばかりしてるのがいてもまぁ良いだろう。これこそ大学生。自由のパロディそのものだ。

 僕がコーヒーを二つ分とって席に戻ると、彼女はあっという間に食事を終えていた。僕は彼女に紙コップを手渡しながら席掛けた。


「前々から思ってたんだけど。いや、初めて見た時からか」

「はい?」

「なんで君、和服着てるわけ?」


 今日の円藤沙也加は白い着物……恐らく調べればなんらかの名前がある柄なのだろうが、僕には良く分からない……を身にまとっていた。当然のことながら、そんな恰好ではリュックサックを背負うことも出来ないので、持ってきている鞄は常にキャリーケースである。


「相当いまさらな会話ですね。一年近くこんな基本的なことすら情報交換していなかったことになりますけど」

「君が出会うたびにオカルト話を吹っ掛けてそれ以外の会話にならないのが悪い」

「でも私の話にいちいち反応するあなたも悪いんですよ。良いですか、大概の人はレプリティアンとかシオン賢者の議定書なんていきなり言われてもポカンとするだけです」


 よく分からない詭弁きべんで責任を転嫁してきた。


「それで私の服装に関しては……乙女の秘密、とかどうですか?」

「秘密と来たか」

「ええ。秘密です。意味があるか無いのか。貴方自身の心眼で確かめてください」


 円藤沙也加は唇に手を当ててほほ笑むという、彼女の言うとおり意味があるのかないのか分からない曖昧な仕草をした。

 僕の感想は精々「よくそんな恰好でカルボナーラなんて食えるな」くらいのものである。


 そういうわけで、僕と彼女の関係は極めて曖昧あいまいで分かりにくい。


 付き合っている、というのでは無い。

 友人、という範疇はんちゅうには間違いなく入っている。が、一般的な、という枕詞を付けると不正解になるくらいには濃密な関係を築いてもいる。

 今日のようなレプリティアン話は日常茶飯事である。正確に言えば昨日は地球シリコン説の話であり、一昨日は北欧でアメリカの学生が酷い目に会うホラー映画を一緒に見に行った。

 先週の土曜日には心霊スポットに肝試しにも行ったので、まぁ計算すれば日曜日以外毎日合っていることになる。


 僕と彼女の関係はオカルトのように不確定なものだった。

 詳しく検証すれば立ち消えてしまいそうなのに、しかし思い込んでいる限りは親友として成立しそうなものである。

 だが、でもきっと、あらゆる関係がそうだと言えるだろう。

 友と友、恋人と恋人、夫と妻、国家と国民。きっと、親と子だって。すべての謎を解明しきった後に残るのは、焦土のような空虚な現実に違いない。


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