フランシスカとペス

 フリードリヒとドラクンクルスがエルマたちに追い付いてからしばらく、魔物との連戦が続いた。


「てぇーい!」

「消し炭になれっ!」


 エルマのグラナーテが炸裂し、動きを止めた魔物たちにフランシスカの相棒、ペスが火焔を浴びせて撃退する。こうしたほぼルーチンにも近い戦闘が続き、まだ早朝であるにも拘わらず、戦闘慣れしていないエルマとシャルロッテの顔には疲労の色が窺える。


 今回エルマたちが目指すカリニ山は、向都橋のかかる小川の最上流に位置している。ただし距離的にはマンソン村から近いが、普段から人が出入りするような山ではなく、道は全く舗装されていない。そのため、彼女たちは小川に沿って道なき道をひたすら北上していた。


 言うまでもなく、道なき道を行けば魔物たちに襲われる。そういうわけで、エルマたちは魔物との戦いを続けざるを得なくなっていた。


 そして、合計二十体目の魔物を倒したとき、ついにシャルロッテの体力が尽きてその場にへたり込んだ。


「あーもうダメ。いったん休憩しませんか?」

「賛成。この辺はまだ安全そうだし、少し息を整えておきましょうよ」

「そうですね。では……」

「ああ、僕はもう少し先を見てくるよ。みんなはここで待っていてくれ」


 フリードリヒだけ先の様子を確認しに行き、残った四人と二頭は小川の近くで休憩することとなった。キラキラと光を反射する水面に手を入れ、パシャリと顔に水をかけたエルマは、グーっと伸びをしながら言う。


「うーん、さっきから結構歩いてると思うんだけど、案外遠いんだねぇ。魔物も多いしイヤになっちゃうよ」


 エルマのぼやきにも近い呟きに対し、フランシスカは苦笑交じりで答える。


「何せ、カリニ山は千メートル級の山だからね。近そうに見えても、なかなか辿り着かないんだよ。こんなに魔物が多いとは思わなかったけどさ」

「そ、そうなんですか……」

「ええ。それにこの辺りは、人の手があまり入っておりませんからね。どうしても魔物たちの動きが活発なのですよ。ここまでとは、さすがに私も思っていませんでしたが。しかし、不思議ですね」


 ずっと戦闘に加わりながらも、エルマたちとは対照的に涼しげな表情を浮かべるゾフィーは、小さく唸りながらフランシスカへと訊ねる。


「フランシスカさんとシメーレ……ペスと言いましたか? 言葉が通じていないというのに、二人の息は驚くほどピッタリですね。一体、どのような魔法でシメーレを使役しているのですか?」

「使役? いやいや、そんなんじゃありませんって」


 大きく息を吐き、ペスへ凭れ掛かっていたフランシスカは、彼の体を撫でながら言う。


「ウチの家は修復士の家系なんで、魔法なんかホントからっきしですもん。幻想種どころか、魔物一匹だって使役できるワケ無いっす」

「ほう。それならば、何故なのです?」

「カンタンに言っちゃうと、拾ったんです」

「拾った?」

「うん」

「これを?」

「うん。え、そんなにおかしなコト言いました?」

「い、いえ。そう言う訳ではありませんが……」


 ポカンとしたまま、ゾフィーたちはペスの巨大な体躯を見上げる。小さな家一軒分ほどの大きさであるペスを、フランシスカは普通に「拾った」というのだ。発言の真偽を疑って当然のことである。


 妙な空気の中、エルマはその辺のゴツゴツした岩に腰かけ、少し言葉を選びながらフランシスカへと問いかける。


「えっと……それじゃあペスは、捨てられてたってこと、なのかな?」

「いやいや、ペットじゃないんだから。どっちかって言うと、群れからはぐれちゃった感じだと思う。ちょうどウチの五歳の誕生日だったかな。ペスが家の前で倒れてたんだよ」

「家の前で、ですか……」


 ゾフィーも同じく手近にあった岩に腰かけ、フランシスカの話に耳を傾け始める。


「うん。ウチの実家は、州都のさらに北の『フィロ』っていう険しい山岳地帯にあって、人はもちろん魔物にだってなかなか出逢わない秘境なんです。ほぼ自給自足って感じで、ウチの修復技術も生きるために覚えたものなんすよ、実は」

「なるほど。だから正規の過程を踏んだわけではないのに、高い技術を持っているのですね」

「ま、じいちゃんたちにはぜんっぜん敵わないんだけどさ。それはともかく、そんな村にペスが急にやって来たんです。まー、そりゃもう大騒ぎになっちゃったんですが、魔物があまり出ない地域だったからかな? せっかくだから面倒を見てやろう、って話になったみたいっす」

「それはまた、なんというか……」

「大らかだね……」


 すると、呆れた声で笑うシャルロッテとゾフィーとは対照的に、ドラクンクルスが感心したように腕組みをして言う。


「ほー、そりゃまた危ないところだったな。一歩間違えてりゃ、その村は全滅してただろうに」

「へっ?」


 突然の発言に驚き、全員は一斉にドラクンクルスへと視線を向ける。


「どういうこと? 追い返したらダメだった、ってこと?」

「ああ。シメーレの子育ては特殊でな。子どもをわざと群れから離れた場所に放置して、そこに住む人間とか魔物とか、そういう奴らに育ててもらうのさ」

「他の種族に育児を……托卵のようなもの、でしょうか?」

「いんや、それよりずっと質が悪い。シメーレってのは本来、コイツみたいに温厚じゃねぇんだ。知らねぇ連中が近寄ればすぐに威嚇してきやがるし、最悪殺されるだろう。それくらい仲間意識が強いから、ある程度まで育ち切った時点で手に負えなくなるんだ」

「それはまた……では、預けられた時点で子どもを殺してしまえば良いのでは?」

「いんや。遠くで見ていた両親が、すぐに飛んでくるさ。あとはまぁ、分かるだろ?」

「……ええ。悲惨なことになりますね」


 シメーレは子どもでも四、五メートル程度の背丈であるし、エサを食べるようになるころには、牙や爪は完全に発達する上に火焔も吐くことが出来る。この時点で、普通の人間や魔物などでは太刀打ちが出来ない。


 また、シメーレはその体格から分かる通り、尋常でないほどの大食いである。こういう事情があり、シメーレは他の種族に子どもを預けるようになった、とも言われている。


 つまり、朝起きて目の前にシメーレの子どもがいれば、もう絶望するしか無いのである。全滅するか、危険で底知らずの食欲を持つシメーレを養う以外、手段が無いのだから。


「だけどよ————」


 パタパタと飛び、ドラクンクルスはペスの上に乗っかった。そして、フランシスカに撫でられ気持ちよさそうに目を瞑るペスをじっと見つめ、首を傾げる。


「どういうわけなんだか、コイツは俺様が乗っかっても嫌がりもしねぇ。修理屋の姉ちゃんに懐いてるっつったって、こいつは異常だ」

「そうなんだ? ふーん、知らんかったよ」

「どうしたらこんなに穏やかなシメーレに成長させることが出来たんだ? 魔法じゃねぇってんなら、変な薬でも飲ませてんのか?」

「違うってば! 別に特殊なことなんか全然してないけど、ペスは最初からこんな感じだったの! 性格だよ、せ・い・か・く!」


 執拗に疑われ、気分を害したフランシスカは頬を膨らませ、ペスの体を強く叩いた。驚いたペスが小さく悲鳴を上げ、悲しげにフランシスカの顔を見る。


「グルルゥ?」

「あ、ごめんペス。もー、クルちゃん! 変なこと言うからペスがビックリしちゃったじゃない!」

「いや叩いたからだろ!」

「ペスは優しいシメーレでウチの家族なの! ただそれだけ! クルちゃんこそ、竜種っていうわりには小さし弱いじゃん!」

「な、なんだと!?」

「はいはい、そこまで」


 唐突に始まった二人の口喧嘩に、ゾフィーが手を打ちながら割って入る。


「それだけ元気なら、フリードリヒ様のお手伝いでもして差し上げなさい。それと、クルちゃんさんも失礼ではありましたが、フランシスカさんも大概ですよ。生物にはそれぞれ、様々な過去があるのですから、種族だけで一括りにしてはいけません」

「……確かに言い過ぎだったかも。ごめんねクルちゃん」

「別に気にしてねぇよ。こっちも、からかって悪かった」

「よろしい」


 不穏な空気は一瞬にして取り除かれ、平原にはまた穏やかな風が吹き始めた。さらさらと流れる小川の波音さえも聞こえそうなほど、緩やかで静かな時が訪れる。


 そんな中、一連のやり取りを黙って見守っていたシャルロッテは、安堵した表情でエルマへ小さく耳打ちする。


「良かったね。変な空気にならなくて」

「うん。こう見てると、やっぱり先生なんだなぁって思うよ。あ、素材みっけ」

「ちょっと、真面目に聞いてよ! なんでこのタイミングで素材なんか拾うの!」

「あはは、ごめん。珍しい色だったからつい。でも、確かに種族だけで判断したらダメだよね。色んな人がいるんだもん」

「そだね。私とエルマじゃ全然違うんだし、先生だってあんなに強いのに、幽霊が怖いんだし……あ、もしかして……」

「それを強調したかった、のかな?」

「ふふ、かもね」


 そう言って、二人はゾフィーに聞こえないよう小さく笑った。

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