素材集めの大きな障害
それからしばらくし、防水板の創り方をイメージ出来たエルマは他の皆を天幕へと呼び出した。なおフリードリヒとデニスは、壊してしまったアーチの再建に向けた話し合いをしているため不在だ。
時間帯としては陽も傾いており、働きづめだったフランシスカはもちろんのこと、シャルロッテたちの表情にも疲れが見えている。その一方で、エルマはまだまだ元気な様子で杖を振りながら、集まった彼女たちに笑顔を向ける。
「来てくれてありがとう! ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
「なんでそんなに元気なのよ……今日はもう休みたいんだけどな」
「同意するわ。エルマ、要件があるなら手短にお願い。私、もう空腹で限界なの」
「やっぱり創れないって話じゃないでしょーね?」
「違いますよっ! もー、そんなこと言わないでちゃんと聞いてよね! 大事なことなんだから」
次々に噴出する不満を耳にし、不満げにぷくっと頬を膨らませつつ、エルマは手作りのレシピを三人へ見せる。
「これ、防水板を創るための素材なんだけど……」
「どれどれ?」
「ふむ、木材に……ターペンティン、ラックバウム、ですか。これはまた、随分と貴重な素材が必要なのですね」
「はい。クルちゃんと一緒に確認したんですけど、棚の中にはないし、代わりになりそうなものも無くって」
「んで、この辺で採れる場所はねぇかってんで、アンタらを呼んだって訳だ。特に先生や修理屋の嬢ちゃんなんか、よく知ってそうだからな」
ドラクンクルスはベッドの上で寝転がりながらエルマの話に補足すると、一つ大きく欠伸をした。そんな彼に、ゾフィーは目を丸くしながら訊ねる。
「あら、ここにいたのね。道理で姿が見えないと思ったわ」
「さすがにまだ、この村のモンにゃ信用されちゃいねぇだろうからな。それはそうと、そのターペンティンだとかは手に入りそうなのか?」
「そうね……」
顎に手を当て、ゾフィーは悩みながら答える。
「ラックバウムなら、この近くでも自生しているでしょうね。湿潤環境を好む植物ですから、村の前にあった小川を登って行けば見つかるかも知れません」
「うん。ウチもよくこの村には来てたけど、見かけたことあるよ。村の周辺に生えちゃうと危ないから、すぐに刈り取られちゃうんだよね。川の上流とか、すぐ近くの『カリニ山』になら残ってるはずだよ」
「そうですか。そうなると、やはり問題はターペンティンですね。これはどうしましょうか……」
「あ、あのー」
どんどん進んでいく話に付いていけなくなったようで、シャルロッテが議論に割って入る。
「そもそも、ターペンティンってなんですか? そんな植物、聞いたことないんですけど」
「ああ、ターペンティンは植物ではありませんよ。ええと、そうですね……」
シャルロッテの質問に答えるため、ゾフィーは壁に掛けられていた油絵を取り、彼女へ見せた。
「ターペンティンは油の一種です。油絵を描く際に、油絵具を溶かす目的で使用されています。油絵具は水に溶けませんから、油を使って延ばす必要があるんですよ」
「へぇー、そうなんですか。油ってことは、何かから抽出しないといけないんですね?」
「そうね。確か、キーファーから得られる油だったと聞いていますが……」
「キーファーかぁ」
ゾフィーの話を受け、フランシスカも彼女と同じように悩みながら天井を仰ぐ。
「この辺だと、あんまり見ないっすね。結構背の高い木なんで、遠目でも分かりやすいはずだけど……結局、カリニ山の中に入らないと分かんないかも」
「そ、そうね。これらの素材を一から集めるためには、山に入って探すことが一番の近道かも知れないわ。あまり勧められないけれど」
「そうなんですか……山、かぁ」
有力な情報ではあるが、山に入るという話を聞いてエルマはがっくりと肩を落とす。
「それじゃあ、今日はもう無理ですよね。もう暗くなってきてるし、このまま山へ行っても危険なだけだし」
「あら、あなたにしては随分と物分かりが良いのね。てっきり、今から素材を採りに行く、なんて言い出すかと思ったわ」
「そう思いましたよ。でもさっき、それ言ったらクルちゃんに怒られたんです。バカなこと言うな、って」
「ああ、そうですか……」
「言ったんだ……」
残念な報告を聞き、三人は揃ってドラクンクルスへと視線を送る。その一方でドラクンクルスは彼女たちの視線に気づいても、軽く溜息を吐いて苦笑するだけで何も言わなかった。
妙な沈黙の後、ひとまず状況をまとめるためにゾフィーは手を軽く打ち、四人へと告げる。
「さて。そろそろ夕食の時間にもなりますし、宿へ向かいましょう。今ここで話し合っていても埒が明かないですし、この村にターペンティン、あるいはキーファーがあるのかどうか、それを確認する方が先です。何より、空腹で仕方がありませんから」
「そうですね。それじゃあエルマ、早く片付けて宿に行こっ。クルちゃんのことも話してあるから、入っても大丈夫だよ」
「おっ本当かよ、ありがてぇな。んじゃエルマ、早く行こうぜ」
「う、うん。もし無かったら、明日みんなで行きましょうね。ところで、そのカリニ山ってどんな山なんですか? わたしたちでも登れるような山だったら良いんですけど」
「えっ? え、ええそうね。登ることは登れるでしょうけど、その……」
渋々荷物を片付け始めたエルマからの質問に対し、ゾフィーはやや口籠りながら答える。
「標高こそ高くは無いのですが、木々が深くて人があまり寄り付かず、魔物も多くて危険なのです。ですから、フリードリヒ様や村の男たちに手伝ってもらうのが最も効率的かと」
「ええ? でも、魔物だったら先生だって退治できるじゃないですか。それにシャルだって、ちょっと失敗したけどスゴい魔法使えるんですし、平気ですよ。ね?」
「うん。もうちょっと弱い魔法も覚えたいですし、魔法を覚えるには実践が一番なんですよね?」
「そ、それはそうなのですが……」
ゾフィーの煮え切らない態度を見て、エルマとシャルロッテは揃って顔を見合わせる。すると、この様子を黙って見ていたフランシスカが、何かを思い出したかのように「あー」と呟き、ゾフィーを除く三人へと告げる。
「えっとね。カリニ山って、昔から結構出るんだよ」
「出る? 魔物がですか?」
「ううん。幽霊が」
「へっ!?」
突拍子もない発言に、二人は硬直した。しかしドラクンクルスは頷き、フランシスカの話に付け加える。
「確か、あの山には高く売れるキノコが生えるらしいんだが、そいつを目当てに入った人間が遭難して、今までに何人も死んでるんだったな。魔女からそんな話を聞いたことがある。つっても、あの魔女は幽霊なんか気にせず材料を採りまくってたみてぇだが」
「え、そ、そうなの? すごいなぁ、さっすが師匠」
「さすがじゃないでしょ! ど、どうしよう。幽霊が出るんじゃ、絶対に入れないし……」
「そ、そうだよね。あ、だから先生も行くのを
「そんな! ことは。ありま、せん、よ……」
顔を青くしながら、徐々に声のトーンを落としていくゾフィーの様子を見て、逆に冷静になったシャルロッテはフランシスカに問いかける。
「えっと……昼間でも出るんですか? その幽霊は」
「多分ねー。あそこ、昼でもメッチャ暗いからさ。むしろ昼間の方が遭遇率高いかも」
「それじゃあ、もう遭わないように祈るしかないってこと、ですか?」
「そだね。でも安心して! こういう時のために、ウチには強い相棒がいるのさ!」
そう言うと、フランシスカは笑顔で天幕の外を指さした。
「『ペス』は死霊系の魔物にとっても強いんだ! だから、幽霊が出てもへっちゃらへっちゃら!」
「そ、そうなんですか?」
「うん! まー、人間の幽霊は試したこと無いんだけどさ。何とかなると思うよ。だから安心して!」
「そうかなぁ……? でも、確かに何もないよりマシかも」
「そう、だね。とりあえずフリッツさんに報告して、また方法を検討しよっか」
暮れ行く中、さらに未来の見通しが悪くなり、現在の空の如く表情を暗く変えたエルマたちであった。
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