ちょっとした腕試し

 村の入り口付近に設置した『黄昏の天幕』の中へエルマ、シャルロッテ、ゾフィー、ドラクンクルス、そしてフランシスカが入っていった。一方で村長デニスとフリードリヒは今後の対応を検討するため、村長の自宅へと向かっていく。


「ふうん、これが『黄昏の天幕』か……こんなに広いんだ」


 天幕の中へ入るや否や、フランシスカはぐるりと見渡しつつ感心したように呟く。


「釜もあるし、ベッドもある。これじゃあ便利過ぎて、逆になんか怖いなぁ」

「そうですか? 貴女のペットと比べたら、よっぽど怖くないと思うのですが」

「そんなことないですぅー。『ペス』はああ見えて、とっても大人しい子なんですぅー。それに、あの子はペットじゃなくって相棒ですから! そこのところ、勘違いしないでよね」

「ああ、そうでしたか。それは失礼」

「フンッ」


 不機嫌そうに鼻を小さく鳴らしつつ、錬金釜の前で作業を始めたエルマへ、フランシスカが怪訝な顔つきで訊ねる。


「で? あなた、エルマって言ったっけ。これからどうやって防水板を作るつもりなのかな?」

「あ、そっか。まだわたし、パカさんに何もお話ししてませんでしたね。すみません」


 本をテーブルの上に置き、エルマはチラッとゾフィーの顔色を窺いつつ、説明を始める。


「実はわたし、錬金術っていうものが使えるんです」

「錬金術? なにそれ」

「簡単にいうと、素材を釜にポイっと入れて、魔力でぐるぐるーってすると、色んなものがポンッと出来るんです。すごいでしょ?」

「うん、ぜんぜん分かんない」


 笑顔を向けるエルマに、フランシスカはキョトンとしながら返した。そんな二人のやり取りを聞いたゾフィーは、溜息を吐きながら会話に割り込む。


「ええと……詳しい話は後ほど、私からご説明します。それより、橋の修復に必要な防水板は、どれくらいの大きさで、何枚ほど必要なのでしょうか。それをまずお聞かせ下さい」

「んー? そうだなぁ、大きさはウチの身長と同じくらいで、厚さは人差し指の第一関節くらい。幅はまぁ、広ければ広いほどいい。枚数は板の幅次第だけど、十枚もあればきっと足りるかな」

「十枚ですか。けっこう使うんですね……」

「そりゃあね。あれだけボロボロなんだし、むしろ十枚じゃ少ないかも。っていうか、本当に作れるんだよね?」

「もちろんです!」


 相変わらず怪訝そうなフランシスカに、これまた相変わらず自信満々のエルマは笑顔で答えた。


「水をはじく板を創ればいいんですよね? だったら、そんなに難しくは無いはずです。材料さえ揃っちゃえば、ほとんど混ぜるだけですもん」

「えぇ……? ちょっと、この子ホントに大丈夫?」

「大丈夫ですってば! わたしのこと、そんなに信用できないですか?」


 あまりにもエルマの腕を信じようとしないフランシスカに、さすがのエルマも気分を害して頬を膨らませる。そんな彼女にシャルロッテは静かに寄り、耳元で囁く。


「エルマ。こういうときは、何か創って見せた方が早いと思うよ」

「え? 何かって……何を?」

「なんでも良いんだよ。すぐに創れて、あっと言わせられそうなものならさ。どうせだし、パカさんにも使い道のありそうな武器みたいなものとか創ってみたら?」

「武器かぁ。……確かに、今までそんなもの創って無かったもんね。うん、そうだね。ちょっとやってみるよ」


 シャルロッテの助言を受けて笑顔を取り戻したエルマは、ずっと不満そうに唇を尖らせているフランシスカに告げる。


「パカさん。今から錬金術を使って、簡単な武器を創って見せます。それが上手くいったら、わたしのこと信じてくれますか?」

「武器ぃ? なに、剣でも作ろうっていうの? そんなもの作って見せられても困るんだけどなぁ」

「いえ、そういうものじゃなくって。そうだなぁ……派手なもの、派手なもの、っと。あ、そうだ。クラッカーボールなんてどうですか? パカさん、ひとりで修復作業することが多いでしょうし、魔物に襲われないような武器があったら便利かなと思ったんですけど」


 クラッカーボールとは別名を癇癪かんしゃく玉といい、大きな破裂音を立てて相手を威嚇するための道具である。フランシスカのように、郊外で作業する人間にとって魔物避けとなる道具は必須だった。


 しかし、エルマの提案を受けてもフランシスカは腕を組んだまま、渋い表情を見せる。


「クラッカーボールかぁ。確かに使うこともあるけど、すぐ逃げられない時はグラナーテ手榴弾を使っちゃうかな。市販品だと威力が高すぎて修復中の建物とかも壊しちゃうから、あんまり使いたくないんだけどさ。命には代えられないし」

「そうなんですか。じゃあ、威力の低いグラナーテを創ったら納得してくれますか?」

「え? ま、まぁ、そりゃ有難いけど……」

「よーし。じゃあ、さっそく創ってみますね!」

「え、ええ?」


 呆然とするフランシスカをよそに、エルマはすぐさま本を開いてグラナーテの調合へと取り掛かった。


「えっと……魔力を注いだ木材に『ナイト鉱』と『サルファ石』を混ぜて、緩衝剤を少しずつ加えながらゆっくり攪拌かくはんする、か。うん、簡単そう」


 そう言って、エルマは棚の横に乱雑に積まれた鉱石の山から白色と黄色の二種類の鉱物を拾い上げ、棚の中から適当な木材を取り出した。


「木材なら何でも良さそうだし、アイヒェで良いよね。威力は控えめにしたいから、品質は低めの方が良いのかな? だと、鉱石の量を減らしてみたら良いかな……」


 手探り状態ではあるが、素材を釜の中へ投入し、エルマは着々と錬金術を進めていく。その様を、シャルロッテたちは黙って見届けるしかなかった。


 やがて緩衝剤を加え終えたエルマが顔を上げると、真っ黒だった釜の中からは業火の如き強い光が放たれ始め、周囲はオレンジ色の閃光に包まれる。


「うわっ!」

「な、なに!?」


 訳の分からないままのフランシスカはもちろんのこと、ゾフィーたちも眩い光に目がくらんで顔を覆う。その最中においても、エルマはまるで何も目に入っていないかのように錬金術に没頭する。


「うん、いい感じ。本に書いてるより光の色が暗いし、もしかしたら完璧かも。あとは……」


 そして、臆することなく釜の前へと立ったエルマは、仕上げに強めの魔力を注いだ。そのほんの僅かな間の後、釜の中を満たしていた薬液はすべて消え失せ、代わりに数個ほどの丸い物体が姿を現した。


 ブドウの房のような凹凸のある、しかし綺麗な丸型で血の様に赤いそれは、この世界で広く流通しているグラナーテそのものであった。


「よーし、完成!」


 出来上がったグラナーテとおぼしき物体を拾い上げ、エルマは満面の笑みでフランシスカへと差し出す。


「出来ましたよ! これがわたしのグラナーテです!」

「え、本当に? ……確かに、ウチがいつも使ってるグラナーテに似てる、かも。なんで? なんでこんなものが作れるの?」


 ほんの小一時間で完成したグラナーテを手にし、半信半疑のフランシスカはエルマに問いかける。


「これ、使えるの?」

「えっと、威力がちゃんと低くなってるかどうかは分かんないですけど、たぶん使えると思います。もしかしたら強くなっちゃってるかもなので、試した方がいいと思いますけど」

「なにそれ。すっごく不安なんだけど」

「パカさん。とりあえず、試してみたらいいんじゃないですか? せっかくエルマが創ってくれたんですし」

「うーん、まあ、そうだね……」


 シャルロッテによる後押しもあり、天幕の外へ出たフランシスカは早速、エルマから貰ったグラナーテをマンソン村の外へ向けて放り投げた。無論、彼女の相棒であるペスに影響を及ぼさない場所へ向けて、である。


「大丈夫なのかな……それっ!」


 フランシスカの手から離れたグラナーテは、小さな弧を描いて風に揺れる草むらの中へと消えていった。すると少しの間をおいて、破裂音と共に草むらから人の背丈ほどの火柱が上がった。


 市販のグラナーテならば、この程度の爆発で済むはずがない。普通ならば、村人たちが一斉に家から飛び出しても仕方のないレベルの轟音を伴うので、こうして火柱が上がる程度だということは即ち、エルマの錬金術は成功したといえるのだった。


「良かったぁ。上手くいったみたい」


 思い描いた通りのグラナーテが完成し、安堵したエルマは小さく息を吐いた。一方で、フランシスカはエルマの技術に恐れを成したのか、呆然としたままエルマに告げる。


「えっと……これが、錬金術?」

「あ、はい。素材さえあれば、あんな感じで色んなものが創れちゃうんです。どうですか、これで信じてくれましたか?」

「こんなの見て、信じない方がどうかしてるでしょ。……最高の防水板、創ってよね。期待してるんだから」

「は、はい! ありがとうございます!」


 こうして、無事にフランシスカから信頼を得たエルマは、改めて防水板の調合に向かうのだった。

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