修復のお手伝い
爽やかな草原の風を引き裂くように、フランシスカの魂の叫びは周囲へと轟いた。シメーレの
そして愕然とした表情で、フランシスカは膝から崩れ落ちた。傍にいたエルマは
「うわっと! だ、大丈夫、じゃなさそうですね……何があったんですか?」
「うう……」
もはや呻き声しか出せなくなり半泣き状態のフランシスカに、エルマに続いてシャルロッテも問いかける。ただし、シャルロッテには何か心当たりがあるようで、顔を引き
「あの、パカさん? もしかして、なんですけど……」
「グスン……何よ」
「橋の修理道具一式、この子の近くに置いてあったんですか?」
「そう、そうよぉ! あの橋に使う特殊な木材をたくさん用意してあったのに、跡形もなくなっちゃってんの! あれが無いと、どうやっても補修なんか出来ないのに。あーあ、どうしたらいいんだろう……」
「やっぱり……」
予想通りの返答に、シャルロッテは思わず天を仰いだ。フランシスカが用意していた木材を破壊したのは、シャルロッテである。巨大なシメーレの陰に隠れていたため、木材があったことに彼女たちは気付けず、躊躇うことなく雷を落としまくってしまった。
村の立派なアーチすらも完全に破壊させるだけの威力を有する魔法に、ただの木材が耐えられるはずがない。雷の強いエネルギーによって大事な木材は、文字通り消し炭となってしまったのだ。
今さらその事実に気付かされたシャルロッテたちは、互いに顔を見合わせて口籠る。特に、村長デニスは自らの勘違いによりエルマたちを村へ招き、そしてこの事態を招いてしまった訳であるのだから、
「そ、そういう事情があったのかね。ええと、それでは仕方がない、約束の期日はしばらく延ばそうじゃありませんか。そうだ、木材の手配もこちらで依頼しておきますよ」
「ど、どうしたんすか村長? さっきはあんなに……」
「お気になさらず。困ったときはお互い様というではありませんか、はっはっは!」
「は、はあ」
「……それで、どのような木材が必要なのですか? この辺りで採れるならば、すぐにでも採って来させますが」
「ええと、それじゃあ」
態度を一変させたデニスに、フランシスカは少しばかり首を傾げながらも、涙を軽く拭って懐から小さな紙切れを取り出した。
「クリプトメリアっていう木材が、
「ほうほう。では、その加工した木材を発注すれば良いのかね?」
「そうですね。市販品は高いんでウチは全部自作してますけど、買ってくれるんなら有難いです」
「そんなもの、お安い御用というものだ。……ちなみに、その加工品とやらはどのくらいするのですか?」
「金額のこと? えっと、州都では一枚あたり100クラムくらいでしたね」
「な、なんだって!?」
デニスの作ったような笑顔は、その金額を聞いた途端に吹き飛んだ。100クラムといえば、この村においては少なくとも三か月くらい仕事せずに生活が出来るほどの金額である。それだけ高額な板を何枚も使って補修するというのだから、デニスが目をひん剥いてしまうのも当然だった。
「そ、それはさすがに……普通のアイヒェではダメなのですか?」
「出来ないことはないですけど、一部が劣化しちゃうと全体のバランスが崩れて、一気に壊れる可能性があるんです。そんなことをしたら多分、次の水害で完全に壊れちゃうかなあ、と」
「それは困りますぞ! どうにかなりませんかね?」
「なりませんねぇ。自力で作ろうとしたって、防水剤も結構な値段しますし、アイヒェに染み込ませるのだって半月くらいかかるんですよ? たくさんお金を払うだけの価値はあると思うんですが」
「くう……!」
二人の立場はすっかり逆転し、今ではデニスの方が泣きそうになっている。とはいえ、フランシスカにも職人としてのプライドがあるため、現状をどう打破すべきか悩み始めた。
「うーん、防水剤の残りなんかないし、他に使えそうな板なんか無いしねぇ……そこの剣士さん、防水剤持ってない?」
「持ってる訳ないでしょう。せいぜい、不死性の魔物に使用する聖水くらいですよ」
「まぁそうだよね。困ったなぁ、防水加工した板さえあれば橋を直せるのに」
「防水加工した板、かぁ……ん? もしかして」
みんな揃って悩む中、ふとエルマはリュックから本を取り出し、ページを
「ねえ、クルちゃん。もしかして……」
「そうだな、きっと何か思い付いたんだろ。しっかし、どんどん成長していきやがるなぁ。このままだと、魔女も超えちまうんじゃねぇか? 恐ろしいもんだ」
「だね。私もエルマに置いて行かれないように頑張らないとなぁ」
「……いや、お前さんも大概だぜ?」
「え、そう?」
二人がそう話していると、内緒話をされていることに気付くことなく、エルマはパタリと本を閉じ、悩むフランシスカとデニスへ笑顔で言い放つ。
「あの、パカさん。わたし、防水加工した板を創れるかも知れないです!」
「は? なに言ってるのさ。冗談にしたって面白くないよ?」
「そうですぞ。あまり大人をからかうものではありません」
怪訝そうなフランシスカとデニスに、エルマは自信満々な顔つきで話を続ける。
「もちろん冗談なんかじゃありません。少しだけ時間と素材を貰えたら、きっと創れます。ところで、あの橋を直すのにあとどれくらいの板が必要なんですか?」
「どれくらいって、そうだなぁ。大きな寸法のものが五枚もあれば足りるかな。……え、まさか本気で作る気なの?」
「だから、わたしは本気なんですってば! 信じてくださいよ!」
「そう言って、我々を騙そうとしているのではないのかね? 言葉だけでは、人は簡単に信用してくれぬものなのだよ」
「うう……」
珍しく積極的にアピールをしたエルマだったが、防水板が簡単に作れるものではないと知っているフランシスカ、それに猜疑心の強くなってしまったデニスを説き伏せるには、あまりにも無力であった。
錬金術を駆使して創ると説明しても、錬金術という技術自体があまり認知されていない以上、有効な手段ではない。それこそ、目の前で調合をしない限り信用を得ることは不可能であった。
この様子を見かねたゾフィーがスッと前へ出て、心が折れそうになっているエルマに代わり説得を始める。
「まあ、この子の言うことが信用できないというのは当然でしょうね。しかし、彼女は嘘を言っていません。彼女ならば、防水加工を施した板を創ることが可能だと思います」
「ふむ、それは何故でしょうか。納得のいく返答をお聞かせ願います」
「王立学院の主席研究員である私、それに退魔剣士であるフリードリヒ様が、エルマの特殊な力を認めています。それだけでは、理由になり得ませんか?」
「なんと!」
「ええっ!? 主席研究員に、退魔剣士様!?」
ゾフィーの話に、二人は揃って声を上げた。デニスはエルマの技術力の高さに驚いたのだが、フランシスカはこの瞬間までフリードリヒが退魔剣士だということすらも知らなかったため、完全に言葉を失ってしまった。
そう、人を言葉のみで信用させる簡単な方法。それは、肩書を使う事である。ゲスな手段だが、これで実際かなり多くの人間が信用するので、使い時さえ誤らなければ有用なのだ。
彼らの驚く顔を目にしても、ゾフィーは少しも表情を変えることなく話を続ける。
「それで、ご納得いただけましたか? 彼女がそれほどの才を持っている、ということに」
「も、もちろんですとも。考えてみれば、どのみち他に手段はありませんし、彼女に賭けるしか無いのでしょうな」
「良かった。ではエルマ、村の中に天幕を建てますので、早速作業をお願いしますね」
「は、はい。ありがとうございます」
おずおずと礼を告げるエルマの頭をゾフィーは軽く撫でつつ、柔らかな声色で厳しい言葉をかける。
「お礼を言うのは成功してからになさい。私もフリードリヒ様も、あなたを信じているのですから」
「ええ。期待していますよ、エルマさん」
「わたしを……! は、はい。頑張って創ります!」
その言葉に、エルマは再び心を奮い立たせた。そして拳を握りしめ、先陣を切って意気揚々と村の中へと向かう。彼女唯一の得意分野、錬金術を使って幼馴染の失敗を取り返すために。
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