生命の螺旋
それから時は過ぎ、夕暮れ————
昼間、陽光を受けて
その重圧は、湖畔でエルマを待つシャルロッテたちにも伝わっていた。中に入れば身の安全が保障される『
「うぅ……エルマ、まだ終わらないのかなぁ。さすがにちょっと怖くなってきたよ」
シャルロッテが軽く漏らした文句に、ドラクンクルスも同調する。
「まったくだ。つーか、何で中に入っちゃいけねぇんだろうな。爆発したら危ねぇってのは分かるけどよ、実際はエルマの方が危ねぇ訳だし。傍で守ってやった方がいいんじゃねぇのか?」
「守る対象がエルマさんだけなら、そうかも知れない。だが天幕の中で大爆発が起きれば、当然シャルロッテさんたちも危険に曝される。三人も同時に守るのは、さすがの僕でも容易じゃないさ」
「ケッ。退魔剣士様ってのも、案外使えねぇんだな」
「クルちゃん! そんな悪態ついちゃダメでしょ! まったくもう……」
「……少し、よろしいかしら」
すると、ドラクンクルスの態度を諫めるシャルロッテを退け、ゾフィーが彼へと優しい口調で問いかける。
「クルちゃんさん、あなたはどうしてフリードリヒ様に辛く当たるのですか?」
「ああ? 別に、そういう訳じゃ……」
「いいえ。普段も決して態度が良いとは言えませんけど、彼に対しては明らかに異なっています。もしや『退魔剣士』という職が、あなたの心をざわつかせているのではありませんか?」
「え? それって、どういうこと?」
「……」
何も知らないシャルロッテを除き、フリードリヒとゾフィーは、ドラクンクルスからの答えを無言で待つ。やがて、この重い静寂に耐えかねたドラクンクルスは、大きく溜息を吐いて夜空を仰いだ。
「はぁ、仕方ねぇな……ああ、そうだよ。俺様は竜種の中でも最小で最弱の種族、フェーンブルム族の
「やはり、そうでしたか」
「ふむ。だとすると、あの話は真実ということになるんだね? 千年以上も前に起きたという、魔導剣士たちによる竜種の一斉討伐、というのは」
「……ああ、そうだよ。あれはヒデェもんだった」
「一斉討伐!? あ、あの!」
次々と話を続けるフリードリヒたちの言葉を遮り、シャルロッテは率直な疑問を彼らにぶつける。
「その話、詳しく教えてもらっても良いですか? 私に何かできる訳じゃないですけど、知らなければいけないことだと思うんです」
「シャルロッテさん……しかし、これは少々厄介な問題を孕んでいてね。それに、気分の良い話では無い。興味本位なら、やめておいた方がいい」
「いえ、私は知りたいです。だって、大事な友達のことですもん。そうでしょ? クルちゃん」
「ハッ、友達になった記憶はねぇけどな。俺様はどっちでもいいぜ。その方が、人間側の伝承と違う部分も見つかるだろうしな。どうするよ、退魔剣士様?」
「……分かった。それじゃあ、簡潔に話そう。ただし、これは極力他人には絶対に話さないこと。いいね?」
強く頷いたシャルロッテを見て、フリードリヒは溜息を漏らしつつ、周囲に目を配りながら語り始める。
「今からおよそ二千年前、我ら人間と竜種は神による制裁を受け、強大な力を失った。その代わりに人間は魔法を覚え、竜種は永遠の命を得た。それは知っているね?」
「はい。ゾフィー先生の講義で習いました。エルマは多分、忘れてると思いますけど」
「……そうでしょうね」
「はは、そうか。それはともかく、一つ質問だ。この話って不平等だとは思わないか? 使い方も良く分からない魔法と、殺されない限り永遠に生き続けられる命だったら、生物としてどちらを望むと思う? 人間としてではなく、生物としてだよ」
「それは……命、ですね。生き物にとって一番大事なのは、種族を繁栄させることですから」
「その通り。だからこそ、当時の王族たちは思ってしまったんだ。『竜種は神に贔屓されている』、『このままでは、永遠を生きる竜種に世界は掌握されてしまう』と。そして————」
そう言うと、フリードリヒは鞘から剣を抜き、虚空へと突き出した。
「『竜種を駆逐せよ!』。およそ千年前、当時の国王アブセッサス二世は国中の退魔士に命令を下した。その結果、圧倒的な力を失っていた竜種はあっさりと殺され、次々に絶滅していった。そして、竜種討伐の際に最も貢献した退魔士が、退魔剣士と呼ばれるようになったんだ」
「そ、そんな歴史が……」
唖然と、しかし悲し気に顔を引き攣らせるシャルロッテへ、フリードリヒは苦々しい表情で話を続ける。
「これが、退魔剣士の隠された歴史だ。もっと詳しく知りたければ、州都の王立図書館に本がある。ぜひ、それも読んでみるといい。
「いえ、私の知識もフリードリヒ様とほぼ同じですわ。その後、カンサシー王朝時代に竜種討伐令が解除されるまでは、至る所で竜種の肉や皮が取引されていたとも聞いています。今思うと、何と残酷なことをしたのだろう、と恥じてしまいますね」
「そうですね……」
歴史上の出来事とはいえ、ドラクンクルスを前にしては、そう言うしかなかった。人間側である彼らが何を言ったところで、被害者であるドラクンクルスには詭弁にしか聞こえない。故に、二人は口を
しかし、一通りフリードリヒの話を聞いたドラクンクルスは、少し首を捻りながら口を開く。
「んー? なんだか、俺様の感覚と違うな」
「え、そうなの? クルちゃん」
「ああ。フェーンブルム族の村に来た退魔剣士は、とにかく気が狂ったように手あたり次第の仲間を斬りやがった。しかも、不気味に笑いながらな」
「なんだって?」
ドラクンクルスの言葉に、フリードリヒたちは思わず口を開ける。呆然とする彼らをよそに、ドラクンクルスは記憶をたどりつつ、話を続ける。
「お前たちの言うような、王のためとか、人間のために戦いに来たって感じじゃなかったな。竜種殺しをただ楽しみに来た……そういう雰囲気だった。だから俺様はてっきり、退魔剣士は竜種を遊び感覚で殺すようなヤツらだ、って思ってたんだが……」
「いや、それはさすがに無いよ。もちろん全員がそうだ、って訳じゃないが……少なくとも現役の退魔剣士の中には、そういう風に殺戮を好むヤツはいないよ」
「そうなのか。なら、俺様の故郷を襲った退魔剣士がおかしかった、ってことだな。悪かったな、勘違いしちまって」
「え? いや、それは別に良いんだが……キミだって、仲間をたくさん殺されたんだろう? 人間に恨みは無いのか?」
「ああ?」
フリードリヒの問いに、ドラクンクルスはさらに怪訝そうに答える。
「何言ってんだ? 自分の種族を守るために、他の種族を駆逐するのは当然だろうが。勝ったのは人間で、負けたのは竜種。ただそれだけの話だろ?」
「いや、それはそうだが……」
「もちろん、その退魔剣士みてぇに意味もなく殺すヤツは許せねぇけどよ。互いの命を奪い合うのは自然の摂理だぜ? 恨む、恨まないもねぇよ。大体、死にたくなけりゃ逃げるのが鉄則だろ? 逃げられず殺されたんなら、それはそいつの責任だ」
「そ、そういうものなのか……?」
「そうだろ。はぁ、なんつーか……人間ってのは無駄に
「自然に、か……」
「難しい問題ですね……」
思いがけないドラクンクルスの返答に、フリードリヒもゾフィーも沈黙する。だが、その静寂を裂くようにエルマの大きく明るい声が、ライム湖全体へと響き渡る。
「みんなー! 『
「っ!?」
不意をつくエルマの天真爛漫な声に、シャルロッテたちは思わず軽く噴き出した。その影響か、暗く沈んでいた空気は一転し、まるで太陽が忘れ物を取りに帰って来たようであった。
「え? なに、どうしたの?」
全員の明るい顔を前に、エルマはキョトンとした表情で首を傾げる。そんなエルマの元へシャルロッテが勢いよく近づき、笑顔ながらも溜まっていた文句をぶちまける。
「もー、長すぎるよ! 明日になっちゃうかと思ったじゃん!」
「え、ええ? あ、本当だ。もうこんなに真っ暗……ご、ごめんね?」
「まぁ、いいけどさ。いろんな話が聞けたし」
「う? いろんな話?」
「何でもない。それで、どんなのが出来たの? 早く見せて!」
「あ、うん! こっちこっち!」
軽く喋り終えた二人は、
「まさに、あれが自然な形でしょうか」
「まぁ、決して賢しくは見えねぇけどな」
「ははは。さて、我々も早く中へ入ろうじゃないか。エルマさんの創った『
そう言いかけて、フリードリヒはふと足を止める。彼の異変に気付き、天幕に足を踏み入れる直前にドラクンクルスは振り返って問いかける。
「ん? おい、どうした」
「……うーん、どうやらエルマさんの明るい声が、良くないものまで呼んでしまったみたいだね」
「なに? ……確かに。逃げた方が良いか?」
「いや、僕が片付けるよ。ただし、キミたちは絶対にそこから出ないように。エルマさんたちには、そうだな……少し荷物を整理してくる、とでも伝えておいてくれ」
「おう。湖に用を足しに行ったと伝えとく」
「……キミ、退魔剣士が嫌いなんじゃなくて、本当は僕が嫌いなんじゃないか?」
「冗談だよ。そんじゃ、よろしく頼むぜ」
「まったく……」
天幕の中へ消えたドラクンクルスに軽く苦笑しながらも、フリードリヒは再び大剣を取り出して身構える。天幕のすぐ傍の木々が大きく揺れ、暗黒の世界から不気味な鈍い音がライム湖へと響く。
そして間もなく、天幕の背丈を優に超す巨大な魔物が現れた。その魔物は輝き始めた月の灯りを反射し、キラリと光るフリードリヒの大剣を目に留め、標的を彼へと絞る。
「やれやれ。これはひょっとすると、この辺の主かな。しかし、相手に不足は無し。久しぶりに本気を出すとするか」
そう言うが早いか、フリードリヒは一瞬で魔物との距離を詰め、素早く斬りかかっていった。
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