錬金術、失敗?
無慈悲にも黒煙を上げ続ける釜を前に、エルマは膝を折って目を潤ませる。彼女にとって初めての失敗であり、かつ重要な素材を一挙にして
「あ……ああ……」
「早く立った方が良い。ここは危険だ、すぐに離れよう」
顔面を真っ白に染め上げ、穢れの無い小さな唇を震わせる彼女を、心の優しい彼は放ってはおけなかったのだ。
だが不運なことに、この状況を知る由もなく、天幕の中へシャルロッテ、ゾフィー、そしてドラクンクルスの三名が血相を変えて飛び込んで来た。
「エルマっ!!」
「どうしたの!? ものすごい音が外にも聞こえたのだけれど」
「あ、ああ……すまない、驚かせてしまったね。大丈夫、今のところは問題ないさ。でも……」
気まずそうに口
「これは……なるほど、そういうことか。そういや、嬢ちゃんは今まで錬金術で失敗したこと無かったもんな。つまり、そういうことなんだろう? 退魔剣士様よ」
「ほう、さすが竜族だな。その通り、先ほどの轟音は釜が暴発した音でね。まあつまり、エルマさんの錬金術は……」
「失敗した、ってこと? そんな、まさか!」
「残念だけどね。僕は錬金術に詳しい訳ではないが、この様子では……それはともかく、まだ爆発する可能性があるから早く外へ避難した方が良い。場合によっては、先ほどよりも大きな爆発が生じるかも知れない」
「そうですね。二人とも、急いで外へ出ましょう」
「おう」
フリードリヒの勧めを受け、ゾフィーとドラクンクルスは素早く身を
「アレは何ですか?」
「こらシャルロッテ! 何をボーっとしているの……アレ?」
「ほら、アレですよ、アレ。釜の周りに落ちてる、キラキラしたヤツです」
「釜の周り……ああ、確かに何か落ちているね」
全員が足を止め、シャルロッテの指さす方向を見つめる。彼女の言う通り、未だに黒煙を
「うーん、釜の破片じゃねぇのか? あんだけデケェ爆発だったんだしよ」
「いいや。僕の見た限りでは、釜に大きな破損は無かったよ。それに、あの釜はあんなに綺麗な色じゃなかったはずだ。まず考えられないね」
「ケッ、そうかよ」
「出来ることなら、手に取って観察してみたいけれど……近づいた途端に爆発されたら、それこそ大惨事よね。何か良い手は無いかしら」
「遠くの物を引き寄せる魔法とか無いんですか?」
「あるけれど、もしアレが錬金術によって創られた調合品だったなら、話は別よ。私の魔力に反応して、もっと大きな爆発を起こすことだって有り得る。最悪、天幕ごと丸焦げになるかも知れないわ」
「ああ、それはちょっと……じゃあ、直接取りに行くしかないんですね」
長々と話してみたものの、結局のところ釜に近づき、欠片を拾い上げなければどうしようもない、という結論に至った三人と一匹は揃って閉口し、唸り声を上げる。
シャルロッテ、ゾフィーは爆発に巻き込まれれば致命的である。ドラクンクルスとフリードリヒは、ダメージこそ二人よりも軽微であるが、それでも当然、タダで済むはずがない。それ故に、誰もが散らばる破片の回収に二の足を踏んでいるのだった。
だが、この膠着状態は一瞬にして打破されることとなった。
嫌な空気が流れる中、思案に明け暮れる三人と一匹の横を音もなく通過したエルマは、何一つ躊躇うことなく釜の傍まで近づき、床に散らばった破片の一つを拾い上げた。そして、唖然とするシャルロッテたちに、青白くも彼女らしい笑顔を向けた。
「……ごめんね、みんな。心配かけちゃったけど、もう大丈夫だよ」
「な、何を言ってるの! 早く戻りなさい!」
「そこにいたら危険だぞ! ほら早く!」
突然の奇行に、ゾフィーとフリードリヒは目を丸くして叫ぶ。しかし一方のエルマは、少しずつその顔に血色を取り戻しながら、静かに答える。
「だから、大丈夫なんですってば。もう爆発はしません。だって、錬金術は成功したんですから」
「え……?」
「もー、人の話はちゃんと聞いてくださいよ。わたしの錬金術は失敗してません。その証拠に、フリッツさん。これ、スフェーンじゃありませんか?」
「なに!?」
笑顔のまま、ゆっくりとフリードリヒの元へと歩み寄り、拾い上げた小さな欠片を彼へ手渡す。それを受け取ったフリードリヒは半信半疑のまま、じっくりと黄金色の結晶を見つめる。
「どうですか? 爆発しちゃったので、品質は悪いかもですけど」
「……信じられない。確かにこれは、炭鉱の町で見たスフェーンと同じものだ。まさか、本当にスフェーンを創ってしまうとは」
「えぇっ!? エルマの錬金術、成功してたんですか?」
「ああ。どうやら、そのようだね……」
「マジかよ」
「ええ……?」
その驚異的な情報に、シャルロッテもドラクンクルスも、ゾフィーですらも硬直する。しかし、先ほどとは異なり全員の口元は緩んでいた。
「えへへ、すごいでしょ? でも、ちょっと失敗して、フリッツさんを危険な目に遭わせちゃった。ごめんなさい、痛かったですよね……」
「ああ、だからキミはずっと呆然としていたのか。気にしなくていいさ。それより、僕の方こそ済まない。勝手に失敗だと判断して、皆を混乱させてしまった。キミは素晴らしい錬金術師だ、間違いない」
「えっと、その……成功したけど失敗なんです。大きな結晶を創るつもりだったんですけど、これじゃあ小さな『
フリードリヒにより真剣に褒め称えられ、得意満面であったエルマは一転して気まずそうに口籠る。そんな彼女の姿を見てフリードリヒは小さく笑みを浮かべ、彼女の頭を軽く撫でた。
「ははは、そうか。それならば、さっきの言葉は撤回しよう。今後、また素晴らしい錬金術を披露してくれた時にまで取っておくとするかな」
「うん。ぜひ、そうしてください。次はわたし、失敗しないので!」
「……今度は、毒を充満させたりしてな」
「クルちゃん! そういう余計なこと言わないの!」
いつものエルマとドラクンクルスの他愛のない会話が始まり、天幕の雰囲気は一気に弛緩する。全員が柔らかい表情で笑う中、軽く咳払いをしたエルマは真剣な顔つきで口を開く。
「コホン。それじゃ、気を取り直して『
「分かった。だが、そろそろ昼食の時間だろう。仕切り直すためにも、体力の補充のためにも、食事は重要だと思うが」
「あ、そうですね……でも、わたしたち食糧を持ってなくて」
「そうなんです! だから今朝は先生の機嫌が悪くって、すっごく大変だったんですよ」
「ちょ、ちょっと! 何を言ってるの!」
今朝の仕返しとばかりに告げ口をするシャルロッテに、ゾフィーは顔を真っ赤にして詰め寄る。その様子に、またフリードリヒは小さく笑いつつも、三人と一匹に対し一つの提案をする。
「ふふ、そうか。それでは、錬金術を見せてくれた礼に食糧を分けてあげよう」
「本当ですかっ!?」
「ああ。ただし、獣の干し肉だから少々クセがある。それでも良ければ、だが」
「いいに決まっています! 腹に入れば骨でも草でも、何でも同じなので!」
「……ゾフィーさん、本当に我慢していたんですね」
「あ……」
こうして、約一名すっかり元気を失ってしまったが、エルマたちは昼食を摂り始めた。なお、釜から上がった黒煙の臭いにより干し肉の獣臭は少し緩和されていた。
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