2nd recipe

シャルロッテの能力

 シュード・アレシェリア村の北部、ボレリア森林————


 村に無言の別れを告げ、三人と一匹は鬱蒼うっそうとした森の中へと足を踏み入れた。シュード・アレシェリアの人々にとって、州都へ向かうための最初にして最大の障壁。それがこのボレリア森林である。


 湿度の高い密林であるにも拘わらず、果樹などの食料に乏しいこの森は、古来より『死の森』と呼ばれ恐れられてきた。餌が無い分、凶暴な魔物の出現も珍しいが、それを加味しても踏破とうはするには困難であった。


「ゾフィー先生、本当に大丈夫なんですよね?」


 さすがのシャルロッテも、未踏の地であるボレリアの雰囲気に圧倒され恐々としながらゾフィーへとたずねる。だが、ゾフィーはすでにこの森を抜けたという実績がある分、余裕をもって彼女の問いに答えた。


「もちろんです。ミレリーの調査隊は全員、この森を越えて来ているのですからね。この森を抜けさえすれば、あとは街道沿いを行けば州都へ辿り着けるでしょう」

「そうなんですか。じゃあ、早く行きましょ。こんな気味の悪いところ、さっさと出たいもん……って、何やってるのエルマ」

「え?」


 急ぎ足で森を抜けようとしたシャルロッテは、その背後で呑気のんきに植物を摘むエルマへと振り返り、睨みつける。


「あんたねぇ、こんなところで文字通り道草なんか食ってる場合じゃないの! 早く抜けないと、日が暮れちゃうんだから!」

「え、うん……ごめん、珍しい植物だったから、つい……」

「まったく、ヴィル先生じゃないんだから。ゾフィー先生、エルマに厳しく言ってあげて————」


 しかし、シャルロッテの思惑とは正反対に、ゾフィーもエルマと一緒になって植物を摘み始めた。唖然とする彼女に、ゾフィーは柔らかな笑顔を浮かべて語り掛ける。


「慌てないで、シャルロッテ。この森は足場が悪いから、焦れば焦るだけ体力が奪われるの。じっくり、ゆっくり進むことが大切なのよ」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ。それに、州都の上級騎士だってこの森を抜けるのに、三日はかかるわ。エルマみたいに、食べられそうなものを見つけながら進んでいくのが正解。分かったかしら?」

「……はい、すみません。エルマも、怒ったりしてごめんね……」

「う、ううん、気にしないで。わたしもそんなことは知らなかったんだし、勝手な行動したんだから、おあいこだよ」


 仲直りを始める二人を目にし、ゾフィーは大きな腹を揺らして頷き、そのままエルマと一緒になって青々としたツヤのある植物を採取してゆく。


「それにしてもエルマ、よくこの植物を見つけたわね」

「いえ、なんていうのかな……キラキラしてたので、つい。先生、これはなんていう植物なんですか?」

「そうね、えっと……何て言ったかしら?」

「……コンメリナ」

「え?」


 不意に、今まで会話に入り込んでこなかったドラクンクルスが、難しい表情をしながら答える。


「コンメリナ、だよ。確か、魔力を浸透させやすい草だって話だぜ? あの魔女がよく使ってたからな、すっかり覚えちまったよ」

「師匠が? へぇー……だったら、今後の錬金術にも役に立ちそうだね! さっすがクルちゃん、よく覚えてるねぇ!」

「別に大したことじゃねぇよ。あそこにもいれば、そりゃあ自然と覚えちまうもんさ」

「え、ひゃ、百年も!?」


 驚くエルマとシャルロッテとは対照的に、ゾフィーはその話を聞き口元へと指を寄せつつ、怪訝けげんな表情でドラクンクルスへと問いただす。


「そう……つまり、あなたとその魔女はミレリーでずっと暮らしていた、ということなのね? その話、詳しく聞いても良いかしら?」

「いや、今はまだ語れねぇな。嬢ちゃんたちはともかく、アンタはまだダメだ。調査団ってやつらには、ちょいと因縁があるもんでな。そう簡単に心を許す訳にもいかねぇ。あの魔女にも迷惑がかかっちまう」

「……それは残念、私には下心なんて無いのだけど。ま、追々でもいいわ。話したくなったら、いつでも歓迎するからね」

「フン。……ところで、気付いてるとは思うが……ぜ?」

「え? 囲まれてるって……うわっ!」


 彼の言葉を受け、周囲へと目をらしたエルマはある生物を発見し、戦慄せんりつする。それは隣にいたシャルロッテも同様で、恐怖に顔を歪めて短杖を握りしめる。


 そこにいたのは、シュード・アレシェリア村の中で遭遇した、ドロドロとした液状の魔物であった。やや小ぶりではあるが、一度あいまみえれば、誰しも見間違えることはない。それだけインパクトのある見た目の魔物である。


「こ、こんなにたくさん! えっと、ポ、ポークソテー、だっけ?」

「なんでそうなるのよ! 、でしょ! 語感しかあってないじゃない!」

「あ、あれ? そんな名前だったかな……と、とにかく大変だよ!」


 慌てふためくエルマとシャルロッテを横目に、ゾフィーはフォウレリの出方を窺いつつ、皮肉交じりに口を開く。


「ふうん、さすがは竜種ね。一、二……五体ですか。これはさすがに、私ひとりでは辛くなりましょうね。クルちゃん、と言いましたか。あなたも手伝っていただけるのかしら?」

「気安く呼ぶんじゃねぇ。俺様は手伝わねぇ……というか、手伝えねぇよ。打撃斬撃だげきざんげきの効かない相手じゃ、魔法の使えない俺様では役に立たんからな!」

「威張って言うことじゃないでしょうに。はぁ、まったく仕方ないわね。初日からあまり全力を出したくは無かったのですけれど……そうも言ってられませんね」


 開き直るドラクンクルスに呆れかえりつつも、ゾフィーは愛用の長杖を取り出し、大きく息を吸って精神を集中させる。相手は動きの遅いフォウレリであり、一体ずつ倒していくよりも広範囲の魔法を行使した方が効率的である。


 だがそれゆえに、彼女は隣にいた二人の元生徒が何をしようとしているのか、判断できなかった。集中力を高め終え、やっと瞼を開けたゾフィーが目にしたのは、五体もいたフォウレリの残骸であった。


「では、行きま————あれ?」


 急に敵影が消えてしまい、目をぱちくりとさせるゾフィーの横で、エルマとシャルロッテは笑顔でハイタッチする。


「いっえーい! さっすがシャル! 余裕だったねぇ!」

「いえーい! でも、エルマが貸してくれた杖のおかげだよ! あんなに自然と魔法が使えたこと、今までなかったもん! すごいね、この杖!」

「でっしょー? ふふ。これ、わたしの手作りなんだぁ」

「あの、あなたたち? これは一体、どういう……」


 未だに現実を受け止められないゾフィーに、一部始終を見ていたドラクンクルスが気まずそうに状況を説明する。さすがの彼も、意気揚々と魔法を発動させようとしたゾフィーの気持ちが理解できたようだ。


「あー、そうだな……信じられねぇだろうけどさ、嬢ちゃんたちがあっという間にやっつけちまったんだよ。五体もいたフォウレリを跡形もなく、な」

「は?」

「うん、まあ、そういう顔になるだろうよ。ただ、これは事実だ。俺様はこの目でバッチリと見たからな、疑いようがねぇよ」

「……シャルロッテ。ちょっとよろしいかしら?」


 ドラクンクルスの話を聞いてもなお、信じられない様子のゾフィーは歓喜する二人を呼び止め、直接話を聞き始める。


「え? はい、なんでしょうか?」

「単刀直入に聞きますけど、どうして攻撃魔法を知っているのですか? あの魔物は低級攻撃魔法でも藻屑もくずと化しますが……私の講義では、光よ、灯れsicul xul以外には教えていないはず。それなのに、どうやってあの魔物を撃退したの? まさか、隠れて攻撃魔法を習得していたのですか?」


 表情こそ変えないものの、ゾフィーは厳しい視線を向けてシャルロッテへと問いただす。だが、シャルロッテはその目に気付くことなく、さも当然のことであるかのように唇を開いた。


「あ、そっか。えっとですね、一度フォウレリが村の中に現れたって話、聞いていますか?」

「え? ……ええ。確か、ヴィルヘルム先生がすぐに駆けつけて、退治したと聞いていますが、それが何か?」

「その時に聞いたんですよ。孔を穿てBnicire to hpma、っていう魔法を。それで私、覚えたんです」

「……はい?」

「ひどいなぁ先生、他人の話はちゃんと聞いてくださいよ。ヴィル先生の呪文を聞いて、私は覚えたんです」

「聞いて……?」


 まさかの返答に、ゾフィーは口を大きく開けて硬直する。その一方でエルマは、そんな能力を持つ友人を誇るように小さな胸を大きく張った。


「本当にすごいんですよ、シャルって! わたしが前に唱えちゃった呪文も、一瞬で使っちゃったんですもん!」

「……それってまさか、私を、探してem orp sutluvのことですか?」

「そうです。ほんと、帰り道にチラッと話しただけだったのに、シャルってばすぐに使えちゃって—————」

「エ、エルマ! それ、喋ったらダメ……!」

「え? ……あ」


 シャルロッテは必死に制止するも、もう遅い。ここまでの話を聞けば、どうして村にフォウレリが出現してしまったのか、完璧に想像がつくのだ。ヴィルヘルムは、フォウレリを目にしたシャルロッテが救難信号を送ったものと勘違いし、それを広めていたのだが、ここに来てその話が覆ってしまった訳である。


 もう時効であるが、叱られて当然のことである。二人は強い叱責を覚悟して表情を強張らせるも、ゾフィーはむしろ口元を緩ませ、大きな声で笑い出した。


「はっはっは! なるほど、そういうことだったのですか! 助ける口実だったつもりが、なかなかどうして……私の直観も、捨てたものではありませんね」

「え? あの、先生……怒ってないんですか?」

「怒ってはいますよ? でも、それ以上に素晴らしい事実を知ってしまったのでね。もう怒るに怒れないと言いますか……まあ、そもそも過去の話ですし、無事だったので良いでしょう。しかし、そうですか……シャルロッテは『』の持ち主でしたか」

「絶対、術感?」


 聞き慣れない単語に、二人どころか周囲を警戒していたドラクンクルスさえも声を揃えてゾフィーへと問いかける。


「ええ。一度聞いただけで完璧に呪文を唱え、魔法を行使できる能力……それが絶対術感です。この能力は州都……いえ、世界全土でもごく僅かの人しか持っていない、貴重なものなんですよ」

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