絶望と希望

「シャルロッテ、エルマ、そこへ並びなさい」

「は、はい」


 村長の家に入ったエルマたちは、村長ヘッセンとその息子、シャルロッテの父親であるクラウス・マールブルグの前へと否応いやおうなしに整列させられた。引率したヴィルヘルムはそう告げ、すぐに壁際へと移動し彼女たちを心配そうに見つめる。


 ヘッセン、クラウスの両人はその顔に怒りを滲ませていないものの、この状況では、相手が親族であるシャルロッテですらも緊張して口をきつく結ぶ始末だ。エルマに至っては、今にも泣きそうな顔でうつむいている。


 だが、この悪い雰囲気を察したのか、クラウスはヘッセンを横目にしつつエルマへと優しく語り掛けた。


「そう怖がらなくていい。掟を破ったことは悪いことだけど、ある程度まで事情は聞いているからね。レオポルトさんにハンナさん、とても後悔していたよ」

「え、お父さんとお母さんが、ですか?」

「そうとも」


 思わず顔を上げたエルマに、クラウスはまた少し声のトーンをやわらげる。


「年頃の娘を家に缶詰めにしたらどうなるか、考えられない人たちじゃないからね。ちゃんと話し合うべきだったと言って、ずっと泣いていたよ。でも、彼らにもきつく言い聞かせたが、本当に悪いのはキミだ。家に帰ったら、すぐに謝るんだよ? 無事だったという報告は伝わってるけど、それでもすごく心配してるだろうからね」

「は、はい……」

「うん、よろしい。さて」


 そう言うと、クラウスは優しい視線をすぐに消し、代わりに鋭い眼差しをシャルロッテへと向ける。


「シャルロッテ。お前もいい加減、分別のつく年齢だと思っていたんだけどな。村の掟のこと、知らないはずが無いだろう? 随分と軽率だったじゃないか」

「それは、その……」

「学校の成績が優れているからって、少し調子に乗ってしまったんだな。しっかり反省しなさい。村民の想いを重視する姿勢だけは買うけど、それを行なうにはもっと力がついてから、だ。じゃないと、誰一人守れないんだからな」

「はい……」

「はぁ、まったく。では」


 しょげ返るシャルロッテの姿を見て納得したのか、クラウスはそれ以上彼女たちへ語ることなく、少し屈んで椅子に座っているヘッセンへと声を掛ける。


「村長、いかがいたしましょうか。二人の処遇について、ご決断を」

「……」

「村長?」

「聞こえとるよ。さて、そうじゃの……」


 先ほどから黙ったままであった村長は、クラウスの耳打ちを受けゆっくりと顔を上げる。そして、目の前に立つエルマとシャルロッテへ向け、険しい表情で口を開いた。


「お主ら……誰、じゃ?」

「え?」

「は?」


 思いがけない言葉に、エルマやシャルロッテはもちろんのこと、壁際にいたヴィルヘルムまで声を揃えて聞き返す。しかしヘッセンは、本当に彼女たちが初対面であるかのように首をかしげている。


 その様子に慌てたクラウスは、また身を屈めてヘッセンへと話しかける。


「そ、村長! 孫のシャルロッテに、エドワードシエラ家の娘エルマですよ! ほら、よく見てください!」

「むぅ、そうじゃったかの? ……して、彼女らは何故ここに来ているのじゃ?」

「ですから、掟を破ってミレリーへと侵入した件で呼び立てたのですよ! その処遇について、村長に判断していただきたく!」

「ふむ? そう、じゃったか……ああ、だから夕飯がまだなのか。道理どうりで腹が減っている訳だわい」

「つい先ほど食べましたよ! ああ、もう。頭が痛い……」


 はあ、と大きく溜息を吐いて天井を仰ぐクラウスとは対照的に、ようやく事態を把握してきたヘッセンは軽く頷き、目を丸くしたままのエルマたちへ告げる。


「事情は概ね理解した。だが、掟を破ったからには何か制裁をせねばならん。それは知っておろう? シャルロッテよ」


 そう言って、ヘッセンはへと視線を向けた。さすがにそのまま返す訳にもいかないため、戸惑いつつも訂正する。


「あ、えっと……わたし、エルマです」

「もうおじいちゃん、私がシャルロッテだよ!」

「そうじゃったか? すまんのぅ、ここのところ、目がどうにもボケてしまってな」

「目だけじゃないと思うけど……」

「ん? 何か言ったかの?」

「い、いいえ。それで、制裁とは何でしょうか?」


 このままではらちが明かないと判断したシャルロッテは、痛む体を労わりながら結論を急かす。彼女も、もちろんエルマも傷だらけであることには違いない。早く休みたいというのが本音であった。


 だが、シャルロッテに促されるまま下したヘッセンの決断は、この和やかな空気とはあまりにもかけ離れた、非常に重いものであった。


「では、二人とも。そうじゃのう……村外追放としようかの。今すぐとは言わん、明日の明朝より即刻、この村を立ち去るがよい」

「そ、そうで……え?」

「村長っ!?」


 急に言い放たれた処分内容に、エルマたちはもちろん、次期村長であるクラウスでさえも飛び上がり、ヘッセンへと問い詰める。


「ちょ、ちょっと待ってください! 彼女たちはまだ十五歳であり、この村の未来を担う人材です! それを追放とは!」

「む? クラウスよ、ワシの決定が不服か?」

「うっ……それは、いえ……」


 とぼけた表情は一転し、熊をも射殺しそうな視線を向けられ、クラウスは途端に口をつぐむ。そう、村長の決定は絶対であるというこの村のしきたりのせいで、耄碌もうろくしたヘッセンであろうと絶対君主としてし続けているのだ。


 なお、村長の交代は当人の死、もしくは退任の意志が無い限り認められていない。そのため、この不可思議な判決でさえも誰も異議を唱えられず、また村長を交代させることも出来ないのだった。


 黙ったクラウスから視線を外し、再度エルマたちへと向き直ったヘッセンは話を続ける。


「十五歳であるから、保護責任まで問うてしまうのは可哀そうじゃの。よって、二人のみ追放処分としようかの。異議はあるまい?」

「……」

「……」


 形式だけの確認を迫られ、全員が沈黙する。意見しようものならば、その場でその者も断罪されるのだ。そんな中で、誰が声を上げられよう。


 静寂を肯定と見做みなしたヘッセンは、満足げに頷き処分を下す。


「では、エルマとシャルロッテは追放と————」

「お待ちくださいませ、村長」

「む?」


 処分を言い切る直前、不意にドアが開け放たれ一人の女性が姿を現した。やや腹回りの目立つ赤髪の女性……そう、ゾフィーである。


「あれは誰じゃ?」

「え、ええと……調査団の一人で、ゾフィーという方です」

「ふむ? すまないのう、ゾフィー殿。もうしばしお待ちくだされ、今はこの者らの処分の最中でな。これが終わり次第、話を聞こう」

「いえ、私はその処分について意見を申し上げたいのです。よろしいですか?」

「む……意見、とな?」


 ピクッと口元を引きつらせ、柔和な笑みを消したヘッセンは鋭く聞き返す。


「どういうことかね。まさか、ワシの決定が不服だと?」

「いいえ、それは全く。危険なミレリーに足を踏み入れたのですから、重い処罰があっても不思議ではありません。しかし」


 ヘッセンの視線にひるむことなく、ゾフィーは平然とした表情で、淡々と意見を述べ始める。


の魔物が討伐された模様です。我々がやっとのことで封印した凶悪な魔物、が」

「なんじゃと!? そんなまさか!」

「そ、それはまことなのですか!」


 ゾフィーの発言に、ヘッセンとクラウスは口々にその真偽を問いただす。その迫力に、部屋を照らすカンテラの火が強く揺らめいた。一方のゾフィーは変わらず穏やかに、しかし明確に情報を告げる。


「ええ。我々の管理していた護符タリスマンに異常な反応がありまして、急いで向かったところ、アントラシスはすでに消えていました。封印が破られたのかとヒヤヒヤしましたが、探知魔法を使っても反応は無く、恐らく消滅したものと思われます」

「え、ええ! そうです、アントラシスは退治されたのです!」


 ゾフィーの報告に対し、ずっと押し黙っていたヴィルヘルムはハッと顔を上げ、やや興奮気味に声を上げる。


「信じられないかも知れませんが、私は確かに見ました! アントラシスの残骸を!」

「なんですって? それは本当ですか?」

「ええ。ただ、私もその場にいた訳では無いのですが……彼女たちの話を聞く限りですと、恐らくその可能性は高いでしょう。彼女たちは、骨の魔物を見た、と言っていましたので」


 その途端、全員の視線がエルマたちへと注ぎ込まれる。不意に向けられた目に戸惑うエルマとは対照的に、シャルロッテは物怖じせず答える。


「はい。突然現れたあの骨の魔物は、私を殺そうとしてきました。でも、エルマと小さなトカゲのような生物のおかげで、私は助かったんです。そうじゃなかったら、私は……」

「そ、そうだったのか……ということは、アントラシスを倒したのは……」


 目を丸くするクラウスに、シャルロッテは胸を張って答えた。


「そう、あの魔物を倒したのはエルマです。エルマの放った魔法で、骨の魔物は粉になりましたから。そうですよね? ヴィル先生」

「あ、ああ。これがその、アントラシスの残骸と思われる粉です。詳しく分析せねば分かりませんが、この感触、それに結晶の具合からして、間違いは無いかと」

「それは……ふむ……」


 ヴィルヘルムが懐から取り出した粉を、クラウスたちはじっと見つめ唸り声を上げる。まだ信じ切れていない様相だが、彼女らが嘘を言っている訳ではないということは把握したようだ。


 重苦しかった空気がガラリと変わる中、ふとゾフィーはエルマの持つ杖へと指をさす。


「そういえばエルマ、その杖はどこで? 見たところ、かなりの品質のように思えますが……ミレリーで拾ったのですか?」

「え? あ、えっと……創ったんです」

「創った?」

「は、はい。えっと、錬金術を使って」


 本来なら、アンネリーゼやドラクンクルスの話も持ち出したかったエルマであったが、この場でそれを話してしまうと、アンネリーゼまで村の掟とやらで裁かれてしまう可能性もある。また、ドラクンクルスに至っては竜種、つまり人間と敵対していた生物である。堂々と口にすることははばかられた。


 そのため、この杖のことだけを喋ったエルマであったが、それだけでもゾフィーにとっては非常に驚愕する内容であった。


「錬金術、ですって? まさか、あの本に書かれた通りに創ったというのですか!?」

「え、はい……偶然、素材があったので……」

「はあ……まさかとは思っていましたが、本当にエルマにその素質があったとは。まったく、第六感というのも馬鹿には出来ませんね」


 そして、小さく苦笑したゾフィーは呆然としたままのヘッセンへと振り返り、一つの提案を持ち掛ける。


「さて、村長。これでも追放処分は免れない、ということでよろしいでしょうか?」

「む? むう……掟は掟じゃ。それを変えることは、先代への冒涜ともなろう。どんな理由があろうとも、罰は受けなくてはならん」

「それでは、追放の期限を定めてはいかがでしょうか。それならば村の大切な人材を守れますし、特に問題は無いかと思われますが」


 ゾフィーの意見に、ヘッセンは小さく息を吐き机へと視線を落とす。そしてしばらく悩んだ後、顔を上げた彼はポツリと呟く。


「期限付き、か……なるほど、良い案じゃな。よかろう、貴殿……えーと……」

「村長、ゾフィー殿です。ゾフィー」

「そうそう、ゾフィー殿の意見を採用するとしよう。そうじゃな……一年の間だけ、この村に立ち入ることを許さん。それで良いな?」


 もちろん、この状況では誰も反論はできない。むしろ永久追放とはならず、エルマとシャルロッテにとってはかなり身の軽くなる判断だ。帰る場所があるということは、それだけ重要なのである。


 だが、そんな中でクラウスはヘッセンに向けて一つ質問する。


「村長。その間シャルロッテたちは、その……当てなくさ迷うことになる、ということでしょうか。親の立場としては、それだけでも精神的苦痛が強いかと。私はともかく、レオポルトたちの身に何かあっても不思議では……」

「でしたら、私がこの子たちを預かりましょう」

「預かる、と?」


 眉間に皺を寄せ、睨むクラウスに対しゾフィーは満面の笑みを向ける。


「ええ。どうせ追放となるのならば、彼女たちをどうしようと勝手でしょう? 後任は決めますので、授業に支障はありませんし。いかがでしょう」

「お、お待ちくださいゾフィー殿。預かるとしても、一年もの間、一体なにをしようというのですか? ただの善意で預かる、などという訳がありますまい」

「もちろんです。彼女たちには、州都の学校に通ってもらいます」

「州都の、ですか?」

「ええ」


 そう言うと、エルマ、それにシャルロッテの頭へと手を置き、ゾフィーは楽し気に語り出す。


「ご息女は非常に多くの才に恵まれております。それ故、州都の学校においても他の生徒に後れを取ることはないでしょう。エルマについては、彼女のご両親へ直接お話しします。これならば、彼女たちの身を案じる必要はありませんでしょう?」

「……確かに、良い提案ですね。二人とも、どうだ?」


 さすがに愛娘を手放すことになるため、やや不承不承といった様子で顔を向けたクラウスに対し、シャルロッテは込み上げる感情を抑えながら静かに答える。もちろん、悲しみを堪えているのではなく、である。


「し、仕方がないもんね。私たち二人だけじゃ、どうやったって生きていけないし。州都に行くのは、ふ、不安だけど……」

「そうか……エルマちゃんは、後でご両親に相談するように。まあ、拒否したところで行く当てもないのも事実だけどね」

「う……」

「では、二人は一年の追放処分とする。同時に、ゾフィー殿も明日にはってもらうが、よろしいですか?」

「もちろん。では、さっそく支度しますので、私はこれで」


 話がまとまったことを確認したゾフィーは、下宿先へと戻ってゆく。シャルロッテも自室へと戻り、あとはエルマだけが一人ポツンと、部屋の中央で佇んでいた。彼女にとって、この村は大好きな場所であるし、何よりミレリーを眺めることがしばらく出来なくなるのだ。


 そして、これから両親と話をしなければならない。家を抜け出したこと、魔法を行使したことも全て、包み隠さず打ち明ける必要がある。それだけに、シャルロッテとは正反対に、彼女の心の内は不安と絶望感でいっぱいであった。


「はぁ、どうしようかな……」


 途方に暮れたエルマは、俯きながらそう呟く。今さらどうにもならないことではある。だが、それでも強い後悔だけが彼女を支配していた。

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