裁きの時

 エルマたちの姿を見つけたヴィルヘルムは、一瞬だけ安堵あんどの表情を浮かべたものの、すぐに眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結ぶ。それがどういう意味を示すのか、理解できないほどエルマたちは幼くはない。


「ヴィル、先生……」

「……」


 いつもとは全く異なる雰囲気に、二人は恐々と身を寄せ合い、じっと彼の目を見つめる。そんな二人の心に追い打ちをかけるように、冷たい風が吹き抜ける。


 そして、二人の前へと辿り着いたヴィルヘルムは、震える二人の様子をじっと観察した後、静かに唇を開いた。


「二人とも、ケガはないか?」

「えっ……」


 その形相とは裏腹に、身を案じる言葉を掛けられ戸惑いつつ、先の戦いで疲弊したままのシャルロッテに代わりエルマが答える。


「あの、わたしは一応、大丈夫、です。でも、シャルは……」

「どれ、見せてみろ……こ、この傷は! もしかして、魔物が出たのか!?」

「え、えっと……はい。大きな、骨の魔物でした」

「なんだって!?」


 そう小さく叫ぶと、ヴィルヘルムは杖を構え周囲に視線を送る。全身を杖先に集中させ、顔は向けずにエルマへ問いかける。


「そいつはどこに行った! まさか、村の方角じゃないだろうな!?」

「え、いえ、その……」

「しまったな……まさか、封印が解かれてしまうとは。俺一人で来たのがマズかったか。いや、それよりも村が……」


 質問をしておきながら、まるでエルマの声が届いていないヴィルヘルムに対し、今度は傷を庇いながらシャルロッテが大声で彼へと語り掛ける。


「ヴィル先生! あの魔物なら、もういません!」

「む……? いない、だって?」


 ようやく正気を取り戻した彼は、その返答に目を見開いて呆然と聞き返す。


「どういうことだ。いない、というのは……まさか、再封印ができたのか?」

「い、いえ……でも、エルマの魔法で粉になりました。先生の後ろ、そこの白い山が魔物の残骸です」

「これが? そんなバカな。あの魔物は、俺や調査隊たちが力を合わせても……いや、しかし確かにこの粉は……ううむ」

「せ、先生?」


 そう呟き、ヴィルヘルムは目の色を変えて白い砂の山へと近寄ると、砂をひとつまみほど手に取り、何かブツブツと考え始めた。学者肌である彼は、たまにこうして視野が狭くなることがある。


 以前にも、学校の遠足において珍しい植物を見つけた彼は今と同じように、じっくりと観察した後、小難しい説明……というよりも、ほぼ講演に近い長話を始めてしまったため、結果として遠足が中止になった、という伝説もあるほどだ。


「成分としては、確かに骨の含有物質であるカルシウム塩に近いな。しかし、こうも粉々になってしまうと分析が出来ないな……」

「あの、先生?」

「おお、これは軟骨部の名残か。ほほう、そうか。骨だけではスムーズに動けないのだから、こうした関節部が重要な役割を————」

「先生ったら!」

「ん? ……あ、ああ。そうだったな、すまない」


 先ほどまでは緊迫した空気をかもし出していたはずが、一転していつものような和やかな雰囲気が漂い出し、エルマたちの表情に余裕が出始める。一方のヴィルヘルムは自身の行動を恥じてバツの悪そうに口を歪めつつ、大きく咳払いをした。


「あー、ゴホン。取り乱してすまない、しかし……未だに信じられんな」

「そう言われても、現に魔物は消えたんですから。いい加減、受け入れてくださいよ」

「それはそうなんだが……ううむ、まあその辺りは後で聞くとしよう。それより、だ」


 なんとも言えない表情を浮かべつつ、ヴィルヘルムはシャルロッテへと手を差し伸べ、彼女へ肩を貸しながら話を続ける。


「……二人とも、自分が何をしたのか、よく理解しているんだよな。禁を破り、魔物を刺激し、こうしてケガまでして。この責任は重いぞ」

「責任って、そんな……」

「万が一、例の魔物がキミたちではなく、村を襲っていたらどうなっていたと思う。礼拝の最中だったんだ、誰も杖や武器なんて持っていない。きっと、想像できないほどの被害が発生していただろう」

「それは、その……」


 何も言い返せず口をつぐむ二人に、ヴィルヘルムはさらに神妙な面持ちで言葉を続ける。


「キミたちは、これから村長のところへ行ってもらう。もちろん、今回の件に対する謝罪と、キミたちへの処分について話し合うためだ」

「そ、それって……」

「まあ、幸いにもケガをしたのはキミたち自身だし、あの魔物を倒したっていうことだから、もしかするとお咎めは無いかも知れないが……あまり期待はするな。少なくとも謹慎処分は免れないだろうし、ご家族にも何らかの罰則があるだろう。覚悟しておくんだな」

「……」


 どうにもならない事実を突きつけられ、エルマとシャルロッテは顔色を真っ白に染め、体を震わせる。シャルロッテの場合、村長の一族であるため多少の忖度そんたくもあるだろう。だが、エルマの一族についてはそういった権力などない。むしろ、次期村長候補と目されるシャルロッテを危険に晒したとして、重罰に処せられる可能性の方が高い。


 このシュード・アレシェリア村において、村長の権限は絶対である。過去には、禁を破ったとして処刑された村民もいたのだ。エルマとその家族も、同様に処せられないとも限らない。


 それ故に、掟を破った時点で覚悟を決めなければならない。文字通り、命を賭けた行動となるのだ。しかし彼女たちは、それに対する理解が乏しかった。精神的にも未熟だったこともあり、心のどこかで何とかなるだろう、と思ってしまっていたのだ。


 とはいえ、今さら悔いたところで手遅れである。後は、シャルロッテの祖父にして村長である、ヘッセン・マールブルグがこの状況をどう判断するか、それだけだ。


「エルマ……ごめん、ごめんね。私が強引に……」

「違うよ、シャル。中に入るって決めたのは、わたしだもん。正直に話して、分かってもらうしかないよ」

「そうだけど……でも、ハンナさんやレオポルトさんまで……」

「……」


 徐々に彼女たちにも罪の意識が生まれ、自然と口数は減ってゆき、やがてミレリーを出るころには一言も発せない状態となった。彼女たちを率いるヴィルヘルムも、この空気に耐え兼ねて何度も溜息を吐く。


 彼自身も、監督責任を問われるだろう。だが、それ以上に彼女たちの今後が不安だったのだ。それだけ、彼は二人を気にかけていたし、必死に守ろうとしてきたのだ。


 それもこれも、これから始まる尋問により、全てが決まる。三人には、もう祈る以外に選択肢は残されていない。村長宅に辿り着いた三人は、大きく息を吐いて顔を見合わせる。


「さて……今日はどうだろうか。また不穏な様子じゃないといいが……」

「どうでしょうね……最近、本当にボケが進んでるから、もしかすると私だって分からないかも。お父さんが同席してたら、まともな話し合いになるかも、ですけど」

「うう。わたしたち、どうなっちゃうのかなぁ……」


 そう、ただ掟を破ったからと言って、どうしてここまで村長は厳しい態度を示すのか。その理由は、ただ一つ。


 村長、ヘッセン・マールブルグの認知機能は著しく低下しており、正常な判断が徐々に出来なくなっていたのである。そのため、村民は不可解な決定にも付き従うしか無いのだ。

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