たくさんの障壁を乗り越えて
「アンネリーゼさん! わたし、お手伝いします!」
「うん? ……なにしてるんだい、バカな娘だねぇ! 気が散るから、さっさと————」
「わ、わたし! アンネリーゼさんの本を読んで勉強したんです! ですから、ちょっとくらいは役に立つはずです!」
魔女らしい強烈な迫力に負けることなく、エルマは一歩も下がらずに断言する。そんな彼女に、アンネリーゼは呆れた様子で腕だけは動かしつつ、ギロリと彼女を睨む。
「ほう? 本を読むだけで錬金術が身に付くとでも思ってるのかい。そんなバカなことがあるもんか。……ああ、集中が途切れちまいそうだ。いいからさっさと離れな、これはお前さんのためにやってるんだからね。お前さんは、ただ黙って見届けていればいいのさ」
エルマを突き飛ばし、再びアンネリーゼは大釜を混ぜ出す。言葉だけではどうにもならないと悟ったエルマは、ドラクンクルスの方へと振り向き問い尋ねる。
「ねぇ、クルちゃん! アンネリーゼさんに認めてもらうにはどうしたらいいかな!」
「は、はぁ? 認めさせるったって、そんな……」
「わたしの先生、錬金術師の才能があるって言ってくれたの。それに、このまま夕暮れまで待ってたら、多分わたし、もう二度と外へ出られなくなるかも……だから、お願い!」
「おう、魔女よ。聞いちゃいるんだろ? 一つ古い釜と、あと調合液も借りるからな」
「……」
「悪いな、この借りは後で返すよ」
返答を待たぬうちに、ドラクンクルスは机の脇にあった小さな釜を引っ張り出すと、エルマの前へと運ぶ。そして、周囲に転がっていた小瓶の中身を数本ほど中へ入れ、かき混ぜるための長い木の棒をエルマへと手渡す。
「ほいよ、俺様が手伝えるのはここまでだ。あとは自分で頑張れよ」
「え、ええ!? う、嬉しいけど……こ、これでどうすれば?」
「本を読んだんだろ? だったら、これだけありゃ充分じゃねぇか。錬金術を成功させて、実力を認めてもらうのが一番簡単だろ」
「それはそうだけど……だったら、何を作ったら認めてくれるの? なんでもいい、ってことは無いでしょ?」
「……確かにそう、だな。あー、えっと……どうすっかな」
「え、ええー!?」
そこまでは考えに至っていなかったらしく、気まずそうに腕を組む。一方のエルマも、試験課題を与えられぬまま材料だけ配布された状態なのだ。何も始められやしない。
アンネリーゼの傍にいたドラクンクルスであるが、彼自身に錬金術の才能は無い。そもそも人間ではないため、魔法すらも扱うことが出来ない。そのため、何を課題とすればよいのか分からないのである。
エルマも、本を読んで製法などはある程度までは覚えたものの、どれが簡単でどれが難しいかということは、本に書かれていないため把握していなかった。強いて言えば、調合時間の長さくらいである。
そんな二人のやり取りを横目で見ていたアンネリーゼは、呆れたように頭を掻きながらエルマへとぶっきらぼうに告げる。
「ちょうど杖が無くなったところだろう? 自分の杖を創りな。それでテストしてやるよ」
「杖、ですか?」
「ああ、魔法用の杖さね。ま、簡単なものなら、ざっと半刻もあれば出来るだろう。不満かい?」
「い、いえ! 分かりました、全力で創りま————あいたた……」
「やれやれ」
喜んだり落ち込んだりと、表情のころころ変わる彼女にまた呆れつつも、アンネリーゼは再び大釜へと神経を研ぎ澄ませる。これ以上目を離すと、品質に影響が出てしまうのだろう。それからは一切、彼女はエルマたちの方へと視線を移すことはなかった。
一方のエルマは、ようやく課題を与えられ、高鳴る胸を押さえつつ大きく深呼吸をする。そして、杖の製法が描かれたページを開き、材料へと目を通す。
「えっと……『
「これだけ? いやいや、俺様からしたら、何のこっちゃって感じだぞ。そんなに簡単なのか?」
「製法だけなら。でも、材料かぁ……」
清澄な地下水は、アンネリーゼも使用しているくらいであるためすぐにでも手に入るだろう。石炭も、机の横に山積みとなっている。この二つについては問題ない。
しかし、主幹となる木材、それに鉱石を探すのは大きな問題だ。真っ暗闇の中、木材に対する見識のないエルマがスムーズにそれらを見つけられる訳が無く、鉱石に至ってはそもそも貴重品であるため、たとえ明るくとも発見は困難だ。
困り果てたエルマはアンネリーゼをチラリと見つめるものの、彼女からはもうヒントは得られない。むしろ、余計な手間をかけさせればそれだけ、自分自身のための治癒薬の完成が遅れるのだ。彼女に頼ることは、もう出来ない。
ならば、とエルマは即座にアホ面を下げたドラクンクルスへと詰め寄る。
「クルちゃん!」
「な、なんだよ、急に」
「アンネリーゼさんが素材を探すとき、魔法を使ってた? それとも、適当に拾って、その場で鑑別してた?」
「はぁ? んなの、いちいち見てなかったからな……でも確か、奥に探し物があるときはいつも、なんだっけ……『
「すごい! よく覚えてたね、クルちゃん」
思いがけず褒められ、ドラクンクルスは鼻を指でこすりつつ、得意げに胸を張る。
「竜種ってのはな、耳も記憶も良いんだよ。もともとは星を
「へぇー……それで、さっきの呪文、もう一回いい?」
「おうともさ。『
「はい?」
「お前さ、杖が無いんだろ? どうやって魔法を使うんだよ」
「あ……」
その言葉に、エルマはすっかり意気消沈して崩れ落ちる。そう、魔法を行使するためには杖が無くてはならない。そんな大事な杖は、すでに魔女の釜の中だ。そして皮肉なことに、これから杖を創ろうとしているのに杖が必要となってしまったのだ。これでは、何も意味がない。
がっくりと肩を落とすエルマを見て、さすがに哀れに思ったドラクンクルスは励ますように声を掛ける。
「い、いや。別にいつか使えるかも知れねぇだろ? 発音の練習でもしとけばいいじゃねぇか。ほら、残り半分の杖でも持ってさ」
「練習って言ったって……」
「そこで座ってても、なんもならねぇだろ? ならよ、少しでも前に進むためにさ」
「……はぁ、そうかもね。ありがとう、クルちゃん」
納得した訳ではないが、確かにやることもない。そう考えたエルマは杖の残骸を受け取り、頬杖をつきながらポツリと、呪文を呟く。
「……『
すると、その瞬間である。
「ん? うわっ!」
「お、おいおい! どういうことだ、こりゃあ!?」
エルマが呪文を口にした途端、棒切れと化したはずの杖の先端から小さな光の粒が次々と放出され、周囲へと広がっていった。そして、その光の粒は石炭の山の隣にある板切れと、先ほどエルマが転落してきた場所の傍へと集積していった。
「こ、これは……?」
戸惑うエルマに、ドラクンクルスは感心した様子で問いかける。
「嬢ちゃん、まさか杖なしで魔法が使えるのか? たまげたなぁ……こんな人間、久々に会ったぜ!」
「あれ、どうして、わたし……」
満面の笑みを向けるドラクンクルスとは対照的に、今でも何が起きたのか信じられないエルマは自身の手を見つめる。だが数日前、彼女の両親と交わした会話の内容を、ふと思い出した。
『エドワードシエラ一族は、傍に小石でもなんでもあれば魔法が使えてしまう一族』……彼女の父、レオポルトが神妙な面持ちで口にした言葉である。つまり今回の出来事は、決して偶然でも奇跡でもない。エドワードシエラの血が引き起こした必然だった。
「そっか、わたし……」
「おい、なに
「え?」
ぼーっと自分の手を見つめたままのエルマに、慌てたドラクンクルスは肩を叩く。
「早くしねぇと、光が消えちまう! あっちの重そうな木は取りに行ってやるから、嬢ちゃんは向こうの石を取ってこい! 時間がないんだろ?」
「あ、う、うん! ありがとう、クルちゃん!」
「……はぁ、俺様も大概お人
ぶつくさと呟くドラクンクルスを背に、急ぎ転落した場所へとエルマは向かう。彼の話通り、最初こそ光の粒により眩く輝いていたが、徐々に周囲の暗闇に溶け込んでゆく。あのままじっとしていれば、せっかくの魔法が無駄になってしまうところであった。
痛む脚を引きずりながらも、どうにか光の元へと辿り着いたエルマは、その鉱石を拾い上げた時、あることに気づく。
「あれ、これって……」
光の粒により輝いていたせいで視認できなかったが、魔法の効果が切れたことで、ようやくその鉱石の正体が確認できた。血のように真っ赤で、焔を丸ごと閉じ込めたような石。そう、彼女が落下する直前に目にした、あの宝石であった。
「一緒に落ちてたんだ。よかった……」
不思議な偶然に感謝しつつも、エルマはまた
「よし、始めるぞ!」
こうしてドラクンクルスたちの助力を受け、ようやくエルマは初めての錬金術に取り掛かり始めた。そしてこれが、後に彼女にとって大きな一歩となるのである。
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