そして二人は出会う

 崩落した穴の奥、地上から一筋の光が降りる瓦礫がれきの山の上————


「う、ん……ゲホッ」


 ポロポロと崩落の名残が降り注ぐ中、土埃にむせたエルマは苦しそうに咳ばらいをし、ゆっくりと起き上がる。視界は埃と闇により覆われ、ほとんど何も見えない状況だ。


「あれ、ここは……わたし、生きてるの……?」


 何度か目をこするが、何も変化は生じない。彼女の見ている景色は、まぎれもなく現実の世界だった。しかしそれと同時に現実であるがゆえ、痛みがエルマの全身を貫く。


「い、痛いっ!」


 シャルロッテに厚手のコートを貸したことが災いし、服のあちこちが破けてしまい皮膚が露わとなる。暗いためによく見えないものの、少なくとも腕や脚には多数の擦り傷、切り傷が浮かぶ。


 痛みと真っ暗闇の中へと落とされた絶望感から、真っ青な顔色のままエルマは何とか立ち上がる。幸いにも骨折はしていないようで、痛みにより苦痛に顔を歪ませてはいるが、その足腰自体には問題なさそうだ。


「うう、暗い……痛い……ここ、どこぉ?」


 少しずつ冷静さを取り戻してきたエルマは、ぐるりと周囲を眺め、そして高い天井を見上げる。肉眼では、おおよそ数メートル程度の高さから落下したようだ。この高さから落ちて、擦り傷くらいで済んだのは奇跡に近い。とはいえ、満身創痍には違いないのだが。


 暗く、ほとんど何も見えないために動くことは躊躇われる。しかし、このまま落下地点で待機していれば、さらに岩盤が崩落してくる危険性もある。そのため、エルマは痛む足を引きずりながら、とりあえず前へと進み始めた。


「暗いなぁ……そうだ、魔法で光を灯せば!」


 ちょうど最近、ゾフィーより光を灯す魔法の講義を受けたばかりだ。あの時は上手くいかなかったが今度こそは、と息巻きリュックを下ろす。だが、彼女の目の前にはさらに深い絶望が待ち構えていた。


「えっと、杖、杖……あ」


 リュックの奥底に眠っていた杖は、無残にもポッキリと真っ二つになっていた。落下した衝撃を、エルマの代わりに受けてしまった結果だ。杖以外にもクッキーなどがバラバラに砕け散っている。無事なのは、ゾフィーから譲り受けた古書だけであった。


「そ、そんなぁ……本なんてあっても、何にもならないよ……」


 落胆し、その場にへたり込む。救助要請も不可能、食料もなし。これでは、まさに万事休すである。


 しかし、もはやうめくことしか出来ないエルマの耳に、奇妙な声が届いた。


「うるさいねぇ。誰かそこにいるのかい?」

「え……?」


 思わず顔を上げたエルマは、その声が聞こえた方向へと目を凝らす。視力だけは良いエルマの目には、ぼんやりとだが小さな灯りと、その傍で何かをしている人間の姿が見えた。せわしなく動く影に、身の危険を感じた彼女は咄嗟とっさに閉口する。


 エルマの思考を見抜いた声の主は、不気味に笑うと動きを止め、彼女へ向けて話しかける。


「心配しなくとも良いさ。私はあんたと同じ、人間だよ。ほれ、そんなところでジッとしてると魔物が襲ってくるよ。早くこっちへいらっしゃい」

「ま、魔物っ!?」


 その言葉に慌てたエルマは、必死に全力で小さな光の元へと向かう。いくら怪しくとも、魔物に襲われるよりも人間だという存在を頼りたかったのだ。


 瓦礫の山をひたすら掻き分け、ようやくその人間のところへ辿り着く。しかし、目の前に広がる光景にエルマは目を見開き、口をぽかんと開けてしまう。


 紫の炎の上で、グラグラと音を立てる大きな釜。朽ちそうな大きな机に、山積みとなった何かの本。そして、長いローブに身を包んだ老婆の手に握られていたのは、白くて細長い……骨であった。


「ま、魔女っ……!」


 思わず失礼な言葉を口にしたエルマに向け、老婆はその見た目にそぐわない柔らかな瞳を向け、優しく語り掛ける。


「おや、可愛らしい女の子じゃないか。どうしたんだい、こんな地獄の果てみたいなところへ」

「え、あ、う……」


 非常に温和な語り口であったのだが、それでもエルマは言葉を失い、一歩後ずさりする。その反応を目にした老婆は、一瞬だけきょとんとした後、手にしていたものを放り捨てて笑い飛ばす。


「うん? ……ああ、あっはっは! 確かにこの姿を見て、警戒しない方がおかしいってもんだね。大丈夫さ、あれは魔物の骨だ。これから創る道具の材料だよ、人間の骨な訳がないじゃないか」

「ま、魔物の骨? 道具の、材料?」

「そうさ。何しろ私はだからね」

「錬金術師!?」


 つい先ほどまで、逃げようとすら考えてたエルマであったが、その単語を耳にした途端、老婆の元へと駆け寄った。


「ほ、本当ですか! 錬金術師って!」

「おや、どうしたんだい急に。ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。ようこそ、私のアトリエへ。私はこの世界で唯一の錬金術師にして異端の魔女、アンネリーゼ・ブラストミセスさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る